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【DBD #374】映画『たちあがる女』レビュー(ネタバレなし)【映画レビュー & ゲーム実況】

たちあがる女 考察

この映画の舞台のアイスランドは天然資源が豊富だ。 故に地球の未来を考える人が多いのだろう。 日本でリメイクして欲しい作品 この映画は文句なしに面白い。 断言できる。 絶対に観て欲しい。 子供から大人まで観て欲しい映画だ。 何よりも日本人に観て欲しいと思った。 すでにハリウッドではジョディー・フォスターがリメイクを考えてれいるとのことだが、この映画こそ日本でリメイクすべき映画だと思った。 舞台として沖縄とか福島とか。 なぜ彼女が環境テロリストになったのか。 物語は表向きは合唱団講師、しかし裏の顔は環境テロリスト演じるハットラの活動を主軸に展開されている。 映画の冒頭、アイスランドの美しい苔蒸した大地が画面に映し出される。 そして送電線の切断し、苔蒸した大地を必死の形相で逃げる女。 確かに戦う女だ。 ハットラがなぜこのような破壊活動を行なっているかは、あっさりと描かれている。 まずアイスランドの美しい自然を守りたいこと。 地球温暖化に歯止めをかけること。 更に外資企業の進出を快く思わないことが挙げられる。 ガンジーとマンデラへの想いは何か 彼女の部屋にはガンジーとマンデラの写真が飾られている辺りも重要だ。 言ってみれば革命家を夢見ている。 資本主義とは何か、発展とは何かについて絶えず考えて生きてきたのだろう。 つまりは共産主義に近い思想を持っていると思う。 ここで面白いのは進出する中国の企業に向けて活動の矛先を向けている点だ。 ウクライナの女の子を養子にする意味とは そしてこの破壊的活動を続けるかどうかを決める選択が訪れる。 子どもの存在だ。 彼女には実子はいない。 長年、養子を欲していて、その夢が叶うのだ。 ウクライナの女の子。 このウクライナという設定も意味がある。 反社会的な行為であるが、応援したくなる女性 ハットラの住むアイスランドに中国系の企業が進出しアルミニュウムの工場が稼働している。 ハットラにとっては工場は環境破壊の要因であり、地球温暖化を促進させる存在だ。 美しいアイスランドが汚染されてしまうのを防ぐという使命感か、あるいは過激な思想からなのか、。 工場に送られる電源を遮断し、操業を停止する。 電線を切ったり、鉄塔を破壊したりとこれがまた痛快で面白いのだ。 もちろん反社会的行為であるから決して褒められた事ではないが、応援したくなるのだ。 カッコいいのだ。 破壊の後にアイスランドの大自然を疾走する姿がカッコいい 破壊活動を行なった後が良い。 美しいアイスランドの苔蒸した大地を疾走していくのだ。 苔のジュータンに潜り込んだり、氷河から流れ出る冷水に隠れたり、羊の死骸を被ったりと、あらゆる自然を身につけて、ハイテク機器から逃れる。 中でも圧巻だったのは今世界中で流通しているドローンを弓矢で撃ち落とす様には笑ってしまった。 ドローンは中国の DJI 製品なのも意味深い。 ハットラは子どもが欲しかった、母親になりたかった もう一つ、おそらくハットンは若い頃から子どもが欲しかったのであるが、実子に恵まれず養子を欲している。 この背景に彼女の人生を何となく想像してしまう。 勝手な想像だが愛する人に出会ったが結ばれなかったのか、それとも愛よりも自身の活動の方が優先された人生なのかを考えてしまう。 もしくは不妊だったのかもしれない。 (また養子はウクライナから女の子という設定もこの映画の大きな意味を持つ)親になる、彼女にとって 1 番の夢が叶ったのだ。 双子の姉は精神性を重んじる世界を目指している、その意味は ハットラはこのまま環境活動を続けていくか、それとも養子を迎えに行くか悩み、最後の大仕事をやってのける。 国中を上げて山女を捕まえようと試みるが捕まらない。 しかしウクライナへ出国するその時、事は起こる。 ネタバレにならない程度に書くが、ハットラにはヨガ講師を務める双子の姉がいる。 彼女の精神性は穏やかで争いを好まない。 この辺りもハットラと相対的だ。 果たしてどうなるのだろうか。 映画のラストカットが印象的だ 映画のラストカットが印象的だ。 おそらくだが、保水力を失った大地、川が氾濫している。 人々は水に浸かりながら渡る。 自然の前ではバスも車も役に立たない。 それでも人間は前へ進まなければいけない、そんなメッセージも受け止める。 確かに自然保護活動も大事だろう。 でも全ての思考の振り子をそちらに向けてしまっては生きていけないことも確かだと思う。 他にもあるはず。 探してみよう。 この映画はあらゆる事柄を対比させながら地球の未来について深く描いている。 愛想の良い合唱団の講師と過激な環境活動家、自然(大地)と発展(都市)、穏やかな姉(ヨガ)と過激な妹(革命家)、アナログとデジタル、弓矢とドローンなど。 そして演出として音楽隊を挿入し寓話的に仕上げているのが素晴らしい。 過激な場面が和らいでくる。 しかもアイスランド男性 3 人のトリオとウクライナの民族衣装を着た 3 人の女性歌唱隊が交差するところが秀逸だ。 上手い、とにかく上手い。 原題 『 Woman at war 』を直訳すると『戦争の女』となるが、この邦題の『たちあがる女』は良いタイトルだと思う。 スタッフ 監督 ベネディクト・エルリングソン 製作 マリアンヌ・スロ ベネディクト・エルリングソン カリネ・ルブラン 脚本 ベネディクト・エルリングソン オラフル・エギルソン 撮影 ベルグステイン・ビョルゴルフソン 美術 スノッリ・フレイル・ヒルマルソン 衣装 シリビア・ドッグ・ハルドルスドッティル 音楽 ダビズ・トール・ヨンソン キャスト ハルドラ・ゲイルハルズデッティルハットラ/アウサ ヨハン・シグルズアルソンズヴェインビヨルン ヨルンドゥル・ラグナルソンバルドヴィン マルガリータ・ヒルスカニーカ ビヨルン・トールズ首相 ヨン・グナール大統領 作品データ 原題 Woman at war 製作年 2018 年 製作国 アイスランド・フランス・ウクライナ合作 配給 トランスフォーマー 上映時間 101 分 映倫区分 G.

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『たちあがる女』あらすじ・ネタバレ感想!ひとりの女性が信念を貫き、自然と子供を守るために奮闘する物語

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フランスは愛の国。 愛に寛容であり、愛のなせる罪にも寛容です。 そういう土台が大変面白いのです。 正直、ちょっと笑えるほど面白いです。 愛に寛容であることのみならず、それを公言して憚らない潔さはある種の格好良さに繋がります。 はいな。 ちょっとカッコいいんです。 「イメージで語るフランス映画」の時間がやって参りました。 何となく思い込みだけでフランス映画のことを「お洒落なおフランスのお上品な映画ざます」なんて思ってませんか? そのイメージはどこから来たのでしょう。 大きな勘違いですよ。 シェーざますか。 シェーの世代は古すぎてアレですが、実は若い世代にもどういうわけかおフランスはお上品ざます的イメージが定着しているらしく、フレンチキスのことを全く逆である軽いキスだと思い込んでいる連中もいるらしいのですね。 あるいは「アメリ」を可愛らしいピュアな女の子の話と映画を見もせずに、いや見ていても尚思い込んでいる連中とか。 象徴的ですね。 印象が現実を打ち負かしてでもいるのでしょうか。 フランスは愛の国であって、愛とは即ち性愛、きれい事どころか、肌と肌、粘液と粘液のねちゃくり合いの世界ざます。 シェー。 ということで「隣の女」は、そういうフランスらしいドロドロの愛の映画でありまして、確かに家や雑貨はお洒落に見えますし気候もよろしくてテニスコートなんぞ出て参りまして絵本を描くなんてどこぞのトレンディドラマみたいな設定もあって、ベースとして心地よいのですが、やはり心地よさだけに留まらず、フランスならではの捻くれた作品となっております。 ドロドロの恋愛沙汰を呆れるほど淡泊に描き、周辺の登場人物に得も言われぬ味わいを持たせていますね。 ファニー・アルダンをカッコ良く撮りたいだけちゃうんかと思わんばかりのトリュフォーの演出は一方ではヌーベルバーグの先兵らしくありまして、nouvelle vagueとは即ちNew Waveつまり新しい波でございますから、何やら実験的で新しい撮り方なのでございますね。 しれーっとして淡々として飄々として黙々としてドタバタとした感じで撮り上げました。 そんなこんなでフランソワ・トリュフォーはこの「隣の女」のような気の狂ったような愛の映画を完成させ、ついでにファニー・アルダンを手中に収めたと、こういうわけでありますね。 忘れてはならないのがジェラール・ドパルデューでして、まあみなさん、この方は71年ごろからたくさんの映画に出演されているフランス映画界を代表する名優ですよ。 二枚目から渋いおじさんへ、どんな役でもカッコ良く決めます。 「隣の女」の二枚目が「カミーユ・クローデル」などを経てそれがまあ、あなた、2001年には「ヴィドック」ですからね。 すごいもんですね。 妻(キャロル・ブーケ)も息子(ギョーム・ドパルデュー)も娘(ジュリー・ドパルデュー)もみんな俳優さんです。 息子のギョームは残念すぎる夭逝でございました。 白状しますと私は映画好きではありましたが俳優のことは全く何も知らずに何十年も過ごしており、このブログを始めてから初めてちらほら名前を覚えだした程度なのでございます。 「ヴィドック」の時は、最後に出てきたヴィドックを見て「誰やこのでぶのおっさん」と思っていたのでした。 「デブのおっさんにしては張り切って演技しとるやないけ」と微笑ましく見ていたのですが、まあ大物俳優さまでおられたわけなのですねえ。 あの時は何も知らぬとは言え、失礼いたしました。 なんだかおフランスでシェーの影響か、文体まで変になってきておりますゆえ、今日はこのへんで。 ではごきげんよう。 2010.

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映画「隣の女」(1981) 感想とレビュー

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『たちあがる女』感想(ネタバレなし) 戦争にいく女?最近、1階から2階へと階段を上がると息切れするようになってきた? 駅から自宅までの往復で足の疲労を感じる? 久しぶりに外仕事をしたら筋肉痛がじわじわ続くようになった? 椅子やベッドから起きるだけでも億劫になってきた? そんな女性たちにピッタリなのがこの 『たちあがる女』。 これを観ればたちまち元気ハツラツ、あなたの健康が驚くほど好転します!(厚生労働省非認可) まあ、ただのつまらない前置きはさっさと終わらせて、でも本作『たちあがる女』という映画のタイトルを目にして、何を思い浮かべますか? 私は、 女性が元気になるアットホームなヒューマンドラマだと思ってました。 老いを感じ始めた中年女性が「私はまだまだ元気だ!」と希望を見いだすのかと…。 でもそういう内容ではないです。 原題はかなり違います。 『たちあがる女』は アイスランドの映画で、原題もアイスランド語(アイスランドでしか話されないユニークな言語)。 意味は 「女性が戦争に行く」という感じになるそうです。 そのオリジナルに合わせてなのか、英題も 「Woman at War」となっています。 もし原題そのままに邦題をつけたなら「戦争にいく女」です。 え、じゃあ、 平穏な暮らしをしていた女性が望まないかたちで戦場に行かされ、悲惨な体験をしながらも、なんとか生きる活力を維持しようするみたいな話なの…と不安になってくるところ。 『プライベート・ウォー』みたいな戦場ジャーナリストの物語なのか…とか。 でもそういう内容でもないのです。 その予想は少しあたっているところはあります。 でもそんな題材を描く数多の作品群と同じテイストを期待すると全然違う光景が広がってくるんですね。 結局なんなんだよ、答えを教えてよ…ともったいぶったこの感想記事にイラつく人もそろそろ出てくるので私も立ち上がりましょう。 え~と、なんなんだろう…(説明放棄)。 実際この『たちあがる女』は 非常にカテゴライズしづらい変わった雰囲気を持つ作品です。 ヒューマンドラマ的でありながら、シュールと言っていいレベルのコミカルさも備えつつ、社会派な要素も後ろにはあり、奇妙なトリッキー演出も飛び出す…。 最近の映画で言うと『ありがとう、トニ・エルドマン』に近い空気感を私は感じました。 もともと俳優や舞台演出家としてすでにキャリアを得ている人で、2013年の『馬々と人間たち』という映画で監督・脚本の長編デビュー作となりました。 『たちあがる女』も国際的に非常に高い評価を得ており、いくつかの映画祭でも賞に輝いています。 アイスランドの広大な大地から生み出された不思議な映画。 でもその作品には全世界に通用する普遍的なメッセージが込められています。 あなたもぜひこの隠れた名作を鑑賞してみてください。 でもスポーツをしているわけでも、狩猟をしているわけでもありません。 狙いは大きな鉄塔でつながっている大地と並行に伸びる電線。 そこにワイヤーをひっかけ、ゴム手袋で感電しないように作業しながら、そのまま電線をショートさせます。 そして、その送電線を利用していた近くの工場は停電。 操業をストップします。 すると弓をいそいそとたたみ、かばんにしまうと、岩肌も多い草原を全力で走る女性。 ヘリの音が聞こえ、何度も隠れながら、ついには近くで牧羊業をしているおっさん( スヴェインビヨルン)に出くわし、「かくまってくれない?」と頼み込みます。 女性の名前は ハットラ。 最初は共犯者にする気かと嫌そうにしていたスヴェインビヨルンでしたが、トラクターの荷台に隠れさせてくれて、警察を振り切ります。 しかも、ターコイズ色の車を貸してくれる親切っぷり。 このハットラ、どうやら エコテロリストらしく、あの工場を妨害したのも環境保護的な思想が理由のようでした。 あの破壊工作も、もうかれこれ「5回目」だとか…。 ニュース映像では製錬所のギースラソン所長が「損害は大きい」と怒りをあらわにしています。 政府もこの事件に 「犯罪だ」「経済発展の邪魔だ」と不快感を表明。 一方、ハットラの表の顔は 合唱団の講師。 いつものように歌を指導していると、スーツの男性が遅れてやってきて、謎のアイコンタクト。 この男、 バルドウィンと一時、二人で奥の部屋に消えます。 そこで「あのヘリコプターは何?」「もう引き際だ。 君は政府を甘く見ている」とやや口論。 どうやらバルドウィンはハットラが犯人だと知っている数少ない人間らしく、政府で働いている官僚のようです。 そんなある日、ハットラのもとに知らせが。 4年も前に申請していた 養子の件で、適合する子が見つかったという嬉しい朗報でした。 その子はウクライナの ニーカという女の子。 保証人がいるそうで、双子の姉の アウサにさっそく伝えに行きます。 姉も養子を欲しがっていたのですが、今はヨガの講師で、インドに行く計画を立てているとか。 人生に新しい希望が湧く中、例の工場の件は進展を見せません。 こうなったらもっとアピールせねば。 抗議宣言書を作成し、屋根の上からばらまきます。 それはネットで拡散。 政府の目にも入ることに。 民衆の力を結集し企業に打撃を与えるため立ち上がろう。 グローバル・ビジネスの強引なやり方が自然や市民社会を脅かしていると知らせよう。 温暖化や海洋の酸性化を引き起こし地球のあらゆる生命を脅かしている。 世界経済やグローバル企業の戦略を民主主義は止められない。 人間の法を超える法がある。 古代から受け継がれる法。 それは未来の命を守る我々の明白な権利だ。 我々こそ過去最強の世代であり地球に仕掛けられた戦争を止められる最後の世代だ。 子どもや孫たちの代では手遅れになる。 今こそ使命を遂行しよう。 一方の『たちあがる女』のハットラはこの一見すると人間に不利そうな環境を上手く利用して 縦横無尽に駆け巡ります。 作中では破壊工作をしたハットラがこの大地で追っ手から逃げるシーンが何度も登場しますが、そのどれも 一体このバイタリティはどこから来るんだというアクティブさで観客を驚かせつつ笑わせてくれます。 ヘリの追跡が来れば、地面のくぼみに体を忍ばせて退避。 上空を旋回する小型ドローンも弓で撃ってひっぱり落として破壊。 政府だって同じ手は使いません。 なんとしても捕まえるために次々と新兵器を投入。 でもこの女ひとりには敵わない。 サーモビジョンでの捜索も氷床に隠れてやり過ごし、羊の死体にくるまってステルスもするし、冷たい川にだって潜って身を潜める。 そこまでする?ってくらいのエネルギーで、あのランボーだって顔負けです。 プールにも通っているし、太極拳的なこともしているし、全体的に 「強そう」オーラが漂っているあたり、このハットラ、強敵です。 しかも、体力だけでなく賢い。 嗅覚鋭い犬を誤魔化すために花や堆肥でカモフラージュしたり、戦略もなかなかで行き当たりばったり感が意外にありません。 若い時はブラック・ウィドウとかだったんじゃないか…。 しかし、そんなハットラも痛恨のミスで捕まってしまいます。 けれどもそこに手助けに現れたのは…。 やっぱりさすが双子。 度胸と知能は共通していますね。 普通にサスペンス映画というジャンルとしても面白い『たちあがる女』でした。 BGM係は忙しい『たちあがる女』はサスペンスフルなケイパー劇もシュールですが、それ以外のパートでもユーモアを炸裂させてきます。 その最たるものが誰もが気づいたであろう 「音楽」です。 本作ではBGMが流れているなと思ったら、 実際の作中の場面内にブラスバンドや合唱隊がいて、そのBGMを鳴らしたり歌ったりしているんですね。 その音楽が流れるタイミングも絶妙で、不思議な可笑しさがありますし、しれっと背景にBGM係がいるだけでなんか絵面が楽しいです。 しかも、ただのBGM係ではなく、現実に介入してきます。 テレビをつけたり、スマホでリツイートしたり、自由気まま。 メタ的な遊びが多いです。 上手いなと思うのはBGM係がいるというのを面白ギャグでずっと見せつつ、終盤の空港でのシーンでは サスペンスの仕掛けに使っていること。 鉄塔爆破というド派手なサボタージュを終えて、やっと憧れの養子に会おうと空港に来たハットラ。 するとなぜかBGM係がスタンバイしている…。 あれっ?っと不吉な空気を感じながら、空港内に入るハットラですが、案の定…。 巧みな演出でした。 このBGM係はハットラの心象風景として存在している非実在の者たち…のはずなのですが、なぜかあの随所に登場する 自転車男には見えているんですね。 この地の社会問題を風刺する『たちあがる女』はただのコメディ映画ではなく、その裏側ではアイスランドが直面する社会問題を散りばめて、あまり説教臭くなく提示しています。 例えば、毎度のお約束のように逮捕されてしまう外国人旅行客の自転車男。 アイスランドはEUにも加盟しておらず、割と独立的な国家です。 その 排外主義的な姿勢を示すようなシーンでもありました。 また、山女テロ事件に頭を悩ます政府が、中国関係者にエクスカーション的な説明をする大統領を放り出して、官僚たち一同でハットラの声明文を検討し始めるくだりとか、 政治風刺も効いています。 声明文と言えば、ばらまかれた紙の声明文を拾った市民が呑気に自撮りしたりして、そのせいでハットラの思惑かどうかは知りませんが、情報がネットに拡散していくあたりは、 現代の若者中心のIT文化を皮肉るようでした。 そういえばスヴェインビヨルンが仕事とする羊。 実はアイスランドがあそこまで荒れ果てた環境になったのは 羊の導入で植生が荒らされたのも一因だとか。 そんな羊が点々と死んでいて、それのせいでハットラ捜索の妨害になるという、自業自得な御伽噺みたいです。 主人公が示す存在『たちあがる女』は題名にもあるように 「女性」という存在が大きなキーワードになっています。 アイスランドの近年の歴史を知っているとピンと来るのですが、この国は世界金融危機によって 経済危機に陥りました。 あの当時は多くの国がヤバい状態を経験しましたが、アイスランドはとくに深刻で、政府が非常事態を宣言。 全銀行を国有化。 それでも散々な状況にまで悪化してしまったという過去があります。 その原因のひとつとして持ち上げられていたのが 「男性型経営」でした。 銀行などそれまで男性が支配してきた業界。 その失墜後、 女性たちがリーダーとなり、業界を改革。 見事に経済危機を脱します。 このあたりのエピソードは『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』でも取り上げられているので、詳しく知りたい人はぜひ。 要するに、本作の孤軍奮闘するハットラというのは、表向きはエコテロリストとして環境保護が目的の人物という立ち位置ですが、実際はもっと大きな括りで言うところの 「間違った社会を正す代表者」という象徴的な存在なのでしょう。 彼女の部屋に ガンジーと マンデラの写真が飾られているのもそうですし、ハットラはそういう指導者の精神を継承する担い手なのかもしれません。 アルテミスはギリシア神話に登場する狩猟・貞潔の女神です(弓を持つ姿も重なる)。 そんなハットラがラスト、ウクライナの少女ニーカを抱えて冠水した道路を歩いて進もうとする姿で終わる。 自分たちの因果応報でもある異常気象なのか、環境変化で自滅するような社会。 その中でも生きようとする 多様性の健気な姿をとらえるようで味わい深いエンディングでした。 立ち上がる女を見かけたら、大人しく道を開けてください。 その女、強いですよ。

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