人 を 呪わ ば 穴 二 つ。 「人を呪わば穴二つ」とは?語源や穴の意味について解説します

「人を呪わば穴二つ」の意味は怖い? 使い方・由来・類語などをご紹介

人 を 呪わ ば 穴 二 つ

世の中には嫌いな人、気に食わない人がいるのは当然だけど インターネットが普及し始めたころは有名人の悪口や批判の類は特定の掲示板などある種閉鎖的な空間に集約されていました。 それがブログが広まったころにはコメント欄への書き込みも見られるようになり、現代のSNSでは本人に直接メッセージを送ることができるようになりました。 一昔前ならば本人が見逃していたであろう批判も本人に確実に届くようになってしまったのです。 これがどういうことかというと「ナイフで切りかかったみたけどまさか死ぬとは思わなかった」というような主張と全く変わらないことに気づかずナイフを振り回している人があまりにも多くなったわけです。 (中には『気に入らないのでこの人を傷つける』確固とした意思でやっている人もいるそうですが結果論としては同じです。 ) 断言するけど誹謗中傷はいつか特定されると思っていい 個人の四方山話ならもしかして楽しい悪口の言いあいにとどまるかもしれませんがSNS上だと法的措置も容易にされる可能性というのは頭に入れておいた方がいいです。 友達に愚痴を離せばスッキリするかもしれませんが、その延長線上で批判を本人に宛てて書き込むというのはまったくの別問題であり、いつか特定され処罰されます。 今のうちから断言しますが確実に処罰されます。 少し前までは『有名人だから多少の批判は我慢しなきゃ…』と批判に延々と耐える風潮があったせいか(もちろん耐える必要もないのですが)批判が湧きおこればほとぼりが冷めるまで野放しになることもこれまでは多々あったのですが徐々に法的措置が取られるようになってきました。 有名人のブログの書き込みが原因で書類送検されるケースも既にみられています。 匿名だからつい書き込んでしまう? さてここで考えてみたいのは匿名だからこんな批判や中小を書き込んでいるんだろうってことですよね。 たしかにブログやSNSでなにか投稿しても『何県何市のなになに』ですと直接個人情報が書かれてるわけではありません。 せいぜいアカウントやユーザー名が表示されるくらいなので何を書いたところでバレやしないと思っている人も多いのでしょう。 しかしパソコンやスマートフォンなどインターネットのあらゆる発信元には必ずIPアドレスというインターネット上の住所のようなものが割り振られており、このような法的措置に発展した時に被害者側から「この誹謗中傷を書き込んだのはどこの誰ですか」とインターネットサービスを提供しているプロバイダに情報を開示するよう求めることができるのです。 これはメールアドレスやアカウントをごまかしたところで無意味なことです。 よく刑事ドラマで事件に関する書き込みをしたパソコンがすぐに特定されるのもこのような技術があるからこそです。 「これを書き込んだら…」と想像してみよう 繰り返しになりますが、人間テレビやインターネットに触れていれば気に入らない人や嫌い人に出会ってしまうことはいくらでもあります。 別に有名人でなくてもそのような感情を持つ人はSNSをやっていれば人生で数え切れないほどあるでしょう。 しかしどれだけ自分の気持ちが搔き乱されてイライラしていたとしても誹謗中傷を書き込むのは断固としてNGです。 たとえ、他の人もいっぱい書き込んでるし…と思ったところで流れに乗っかるなんて真似もやはりするべきではないです。 先に述べたように書き込んだ発信元は匿名であれ法的措置を取るとなった際に開示できるので捨てアドレスや捨て垢を作ってもゆくゆくは身元が特定されると思っておいた方がいいです。 どうしてもムシャクシャしたらチラシの裏に殴り書きしてそのまま破いて捨ててしまうなど別の発散法を試してみましょう。 どこかでストップをしないと批判を書き込んで『だけで』人生棒に振る可能性が十分にあるわけです。

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人を呪わば穴二つ〜心の中で小さな戦争起きてませんか?〜

人 を 呪わ ば 穴 二 つ

人を呪わば穴二つというから、仮に相手が全面的に悪くても、恨んだり、暴力をふるったりしてはいけない。 結婚式前日に婚約を破棄されたからって、相手に何百回も電話をかけるのはやめなさい。 人を呪わば穴二つよ。 俺はこの刀を手にしたときから、誰かに斬られる覚悟はできている。 人を呪わば穴二つなんて、当然のことだ。 「人を呪わば穴二つ」の由来 「人を呪わば穴二つ」の由来は、平安時代の陰陽師です。 陰陽師とは、中国を発祥とする陰陽道を学び、呪術や占星術を行った存在です。 陰陽師は人を呪う時、相手に呪いの報いを受けて呪い殺されることを想定したとされています。 そのため、自分が死んだ時のために、墓穴を自分と相手の二つ分用意させていました。 まとめ 以上、この記事では「人を呪わば穴二つ」について解説しました。 読み方 人を呪わば穴二つ ひとをのろわばあなふたつ 意味 人に害を与えようとすると、最終的に自分に害が返ってくること 由来 陰陽師が人を呪うときに、呪いが返って来ることを恐れて、2人分の墓を用意したこと 類義語 剣を使う者は剣で死ぬ、天に唾す、人を謀れば人に謀らるなど 英語訳 Curses return upon the heads of those that curse. 呪いは呪う人の頭の上に帰ってくる。 本当に呪いが返ってくるかは、定かではありません。 しかし、人に害を与えると、相手からの恨みや自分の悪評に繋がります。 結果として自分が損をすることになるのは、個人レベルであれ、国家レベルであれ、共通しています。 人を呪いたい気持ちになった時には、是非「人を呪わば穴二つ」を思い出してみてください。

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人を呪わば穴二つ~解離が霊的現象を引き起こす

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因果応報の過去と現在 時が経つのは早いもので今年も7月に入りました。 そしてもうすぐ夏休みがやって来ます。 その後にやって来るのはお盆ですね。 帰省する方もいらっしゃるでしょう。 帰省先では一年ぶりに会う人もいるでしょう。 何年経っても変わらない人もいれば一年で垢抜けたりして感じが変わる人もいると思います。 人とその人生が移り変わるように物事も次第に移り変わります。 それは言葉の持つ意味も同じで時代の流れとともに本来の意味とは違った意味で使われるようになってしまった言葉がたくさんあります。 「因果応報」という言葉もそのひとつです。 何か良くない事をした人に良くない事が起こったときに「それは因果応報だ」という風に「悪い事をすればそれは必ず自分に返ってくる」と意味で使われます。 仏教から生まれた言葉ですが原因の「因」と果報の「果」を持つこの言葉の本来持つ意味「悪い事をすれば必ず自分に返ってくる」からすれば使い方は間違っていません。 大事な部分が抜け落ちているのです。 その大事な部分とは「良いことをすればそれは巡り巡って自分の元に返ってくる」という部分です。 いつからこの部分が抜け落ちてしまったのかは分かりません。 ですが現在では残っている部分だけが誇張され悪い意味で使われることがほとんどです。 自分の行った悪行が自分に返ってきたという意味を持つ「自業自得や」「身から出た錆」という言葉。 良い事をすれば自分に返ってくるという意味を持つ「情けは人の為ならず」という言葉。 その両方の意味を併せ持つのが本来の「因果応報」という言葉なのです。 人を呪わば穴二つの「穴」って何なんでしょう ここまで因果応報について話しましたが似た意味を持つ言葉に「人を呪わば穴二つ」というものがあります。 誰かを呪うという機会はまずないでしょうし例えの表現としても使いにくいので普段口にする機会は極めて少ないでしょう。 この言葉が持つ意味は「人を呪えば自らの身を滅ぼすことになる」というものです。 しかしこの言葉には気になる部分があります。 「穴二つ」と表現とその「穴」がなんなのかです。 実はこの「穴」は墓穴の事を指しています。 「墓穴 ぼけつ を掘る」という言葉がありますがその墓穴のことです。 呪詛返しという言葉を御存知でしょうか。 呪い返しのことです。 その昔陰陽師が人を呪う際に呪詛返しにより自分も命を落とすことを想定して呪いの対象となる人物と呪いをかける自分の分を合わせ二つの墓穴を用意させたのが「人を呪わば穴二つ」という言葉の由縁だと言われています。 因果応報と人を呪わば穴二つ 今回お話したように「因果応報」は人が良くも悪くも何かを起こすと形は違えど自分に返ってくるというもの。 「人を呪わば穴二つ」は人を恨んだり呪う事にはそれなりの代償が必要でその覚悟を持って行動しなさいという言葉です。 人を故意に傷つけることは何も良いものはうみだしません。 生まれるのは恨みや妬みなど悪いものだけです。 しかし人は生きている以上故意ではなくとも周りの人間を傷つけてしまうことがあります。 傷つけてしまった側も傷つけられた側もその後どう行動するかが重要なのではないでしょうか。 今回紹介した「因果応報」と「人を呪わば穴二つ」の二つの言葉ですが少しでも皆さんの心の片隅に残ってくれたなら幸いに思います。 心に余裕と優しさを。 それでは今夜はこのあたりで。

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