蒼穹 の ファフナー 小説。 蒼穹のファフナー THE BEYOND

アニメ「蒼穹のファフナー」のストーリー説明をしてください。 ...

蒼穹 の ファフナー 小説

TVシリーズとして始まり、のちにTVスペシャル版『RIGHT OF LEFT』、劇場版『HEAVEN AND EARTH』、そして再びTVアニメ『蒼穹のファフナー EXODUS』へと新しい扉を開き続けるファフナーシリーズ。 アニメ本編の文芸統括、脚本、シリーズ構成、そして小説を手掛けた冲方丁完全監修のもと、ハイレベルで再現されたSF青春群像が今、鮮烈によみがえる! 島の少年、真壁一騎 まかべかずき は、同級生の遠見真矢 とおみまや らとともに十五歳の春を迎えた。 蒼い空、碧い海、学校、友達…いつもと変わらぬ日常。 だが、突然島に響きわたった美しい声により少年たちの日常は一変する。 」謎の生命体フェストゥムの出現により、少年たちは人類の存亡を賭けた戦いへのみ込まれていく。 アニメ無印を観て、小説を読み、天地を観て、スパロボuxをプレイし、EXODUSを観て、そして漫画を発売されている7巻まで読んできましたが、 特にこの漫画版はファフナーが好きな方になら迷わずおすすめしたいと強く言えます。 小説版の骨組みを大切にしつつ、アニメ版でのストーリーも丁寧に描き(キャラのファッションもちゃんと再現されていてにやっとしました)、ドラマCDでの比較的重たい話も忘れず、漫画だけの補完要素も違和感なく挿入してあり…。 翔子とのとあるお話の演出やコマ割りは、必見の価値があると思います。 作画も美しく、特にEXODUSあたりの絵柄が好きならたまらないのではないでしょうか。 心象風景などの細かい設定も非常にわかりやすいです。 ここまで恵まれたコミカライズを生み出してくださったことに感謝です。 アニメ一期からのファンです! ファフナーコミック化ということで、あの世界観を表現できるのかという心配がありましたが 原作アニメそのもの綺麗な絵柄、キャラクターの心情により踏み込み深く描いているストーリー アニメでは描かれていなかった竜宮島の環境やキャラクターの設定 どれも、大満足です!!!! 一期からのファンは彼らが表に見せなかった思いを感じるために、初心者の方は彼らがどう生きてきたのかを 知るために、読んでいただきたいです! ちなみに今回のコミック化で印象的だったのは、一期TVシリーズの1話で犠牲となった蔵前果林 一期TVシリーズでは彼女のことはほとんど語られてませんが、コミック版の彼女はL計画で彼女にとって大事な人を 失った後の状態なので、彼女の怒りや思いや表情や台詞から伝わってきます! このクオリティを維持したまま、描き切っていただきたい作品ですね! 基本はアニメ準拠ですが、内容は小説版をベースにしています。 小説版は電撃文庫、ハヤカワ文庫で出版されているので興味がある方は是非。 読んでみればわかりますが、開幕からアニメとは違います。 主人公の性格も違います(冗談ではなく)。 以前出ていた電撃コミック版とは別物です。 小説版をベースにしているだけ有って、アニメでは語られなかった地味な裏設定やなぜ主人公たちがロボットに乗って戦えるのか、そんな理由まで描写されています。 また、戦闘中の描写も絵の迫力よりもパイロットの心情に重点を置いた描写になっています。 逆に、コレを読んでからアニメを見ると、ノリが軽くて若干拍子抜けするかもしれませんが。 ファンにはたまらない、そうでない方やスパロボで気になったという方でも楽しめますので、是非読んでみて下さい。

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蒼穹のファフナー

蒼穹 の ファフナー 小説

「蒼穹のファフナー」シリーズ一覧 まずは「蒼穹のファフナー」シリーズの一覧をご紹介します。 蒼穹のファフナーは現在 4作あり、2019年5月以降に 新作が1作控えてます。 ・ 蒼穹のファフナー(1期・無印) ・ 蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFT(OVA) ・ 劇場版 蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH(映画) ・ 蒼穹のファフナー EXODUS(2期) ・ 蒼穹のファフナー THE BEYOND(2019年5月~随時劇場公開) と、結構シリーズ化されています。 そして、見る順番を間違えちゃうと話が分からなくなっちゃうストーリー構成になってるんで、正しい順番で見ていくのがめちゃくちゃ大事。 「蒼穹のファフナー」の見る順番 上記の全5作の見る順番は、以下がベストです。 基本的には放送順というか、制作された順番で見ていくのがおすすめですね。 なのでこの順番的だと時系列が前後する形になりますが、まず1期を見て「蒼穹のファフナー」という作品を知ってからの方がより楽しめると思うので上記の順番としました。 ちなみに、ファフナーシリーズを今から見るなら、定額見放題の動画配信サービスがおすすめ。 中でも、「 dアニメストア」は劇場版・OVAも含めたファフナーシリーズが4作がイッキ見できます。 月400円で2,700以上のアニメが見放題 「」 ドコモが運営する「dアニメストア」は、 月額わずか400円(税抜)で2,700作品以上のアニメが見放題。 しかも初めての人は 初月31日間は無料です。 ボクも愛用してますけど、変に無料で見ようとするよりも手っ取り早く高画質でアニメ見れるので気に入ってます。 月額400円でファフナー1期・2期・OVA・劇場版が全て見放題ってコスパ良すぎ…。 しかもさらに2,700近くの作品も見放題。 これ凄くないですか?ほんとおすすめです。 \今すぐ蒼穹のファフナーを観る!/ /初めての人は無料で31日間見放題\ 「蒼穹のファフナー」各シリーズを簡単に解説 一応、各作品の特徴や話数なども簡単に補足しておきますね。 全26話です。 主人公の真壁一騎(まかべ かずき)を中心に、少年少女たちが謎の生命体・フェストゥムと戦うストーリー。 蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFT(OVA) 2005年にスペシャル番組として放送された「RIGHT OF LEFT」。 全1話。 1期の前日譚が描かれ、竜宮島で起こったとある悲劇の物語です。 劇場版 蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH(映画) 【本日発売!!!!! 】 劇場版「蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH」の初回限定版BDが本日発売!!!再販を希望する多くの声に応え、再度アンコールプレス!本当の本当の本当に最後のチャンスです!!ぜひー! — 蒼穹のファフナー fafnerproject 2010年に公開された映画で、1期の2年後を描いた直接的な続編です。 「HEAVEN AND EARTH」は、1期と2期を繋ぐストーリーになってるので、1期を見終わったら必見ですね。 蒼穹のファフナー EXODUS(2期) 【新キービジュアル!HPリニューアル!】新キービジュアルを発表いたしました!公式HPもリニューアルいたしましたので、是非チェックしてみて下さい!!! — 蒼穹のファフナー fafnerproject 2015年に放送されたアニメ2期。 全26話です。 「HEAVEN AND EARTH」から2年後の主人公たちを中心に、より世界規模のスケール感へとパワーアップしてます。 全12話を予定。 今のところ詳細は不明ですが、2期から何年か後の物語を描いた続編になってます。 \今すぐ蒼穹のファフナーを観る!/ /初めての人は無料で31日間見放題\.

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蒼穹のファフナー

蒼穹 の ファフナー 小説

待望の、ファフナーのノベライズ版である。 一読しての印象は、「これは間違いなく一騎の物語である」ということだろうか。 アニメでのだいたい一話〜十話あたりの展開が含まれているのだが、時系列も登場人物の関係も、多少違っているのは、あくまで小説版は 冲方丁という個人の視点から書いた、ファフナーという物語の一側面だからだ、というように考えていいかもしれない。 そして、個人の視点から小説という手法で書かれたものであるがゆえ、主要な登場人物である一騎を中心とした6人の少年少女以外の登場人物の存在感は、極めて希薄である。 しかも、物語はあくまで一騎の視点からでしか描かれていないため、一騎以外の登場人物というのは一騎に見せている側面からしか捉えられない。 総士も、真矢も、そして甲洋も蔵前も翔子も、それぞれがどんな思いを抱き、どう生きようとしていたのか、それは、一騎の目から見た憶測でしか語られない。 それが余計に、物語全体に流れる、一騎自身の行き場のない閉塞感、不安、苦悩といったものを、重苦しいものとして感じさせるのかもしれない。 また、普通だったらそういう子供達の悩みを知り、助けようとしてくれる年長者がいるものだが、残念ながらこの竜宮島という極めて特殊な環境の中には、そういった存在がいない。 子ども達と、その親の年代以外の年齢層がすっぽり抜け落ちたいびつな年齢構成、そして、本来ならば子どもたちの成長を見守るはずの親たちの年代の大人たちも、一騎の目から見ればみなただの「大人たち」であり、彼らは子どもたちをファフナーと同じようにメンテナンスし、そして、ヴェルシールドの間と間という、オリのような戦場に子どもたちを向かわせる残酷な存在に過ぎない。 もしかしたら、アニメに語られたように、親たちには親たちの思いがあるのかもしれないが、少なくともこの小説で語られる状況の中で、一騎はそういったものを感じることなく、子どもたちだけの孤独な戦いを続けるしか無いのである。 またそれは、本来ならば年長者がするはずの指揮官という重責を負わされた総士や、同化された仲間を葬るという最も精神的にきついはずの役回りを自ら望んだ甲洋にしても同じことだろう。 竜宮島というのは、ファフナーに乗れる少年少女たちにとっては、とことん過酷な場所なのである。 物語の中で繰り返し語られるのが、一騎の夢の話である。 暗く冷たい海を泳ぐ夢、それは、正に今一騎が置かれている状況そのものだ。 その重苦しさから逃れようと辿り着いた先の灯り、しかし、夢の中の一騎はそれに背を向け、再び闇に向かって泳ぎだす。 明かりが恋しくないはずはない、しかし、一騎自身が、自分はそこに行く資格のない人間だ、と思っているのである。 そして、一騎が自分をそのように否定的にしか見れなくなった理由というのは、言うまでもなく5年前に、一騎が総士の左目から光を奪った事件なのだ。 暗く冷たい海というのが、親友を傷つけたという逃れようのない罪の意識だとすれば、海岸の灯りは、その罪をただ一人告白した相手である真矢だろうし、灯りとは逆の方向の、更に漆黒に塗られた闇の先にあるものは、総士の存在だろう。 一騎にとっては、この二人は全く逆のベクトルの先にある存在であり、一騎自身がその間でもがき、そして結局は自ら犯した罪の故に総士に従うしか無いと思っている。 だからこそ、一番安心できるはずの真矢にあれほど止められても、結局一騎は総士に付いていくしかなかった。 だが、一方、一騎はこの暗く冷たい海から逃れるもうひとつの方法を漠然と思っている。 戦いが始まる前、それは「あと1年したら、島を出て行く」という選択肢だった。 真矢のそばにいる安らぎも捨てるかわりに、総士から逃れたいという気持ちが、彼をそう決意させていたのだろう。 そして、戦いが始まって半年が過ぎ、多くのものを失ってもなお一騎が夢想するのは、何もかもが滅びた外の世界で、ただひとり自転車をこぐ自分のイメージである。 誰も自分のことを知らないところへ行く、それは実は、自分が誰でも無くなる世界、すなわち、敵であるフェストゥムの内包する「無」そのものへの憧憬なのではないか。 終始一貫した一騎の自己を否定する思いが、物語に流れる絶望感を加速させ、そして失うことの悲しみを際立たせる。 蒼穹のファフナーというのは、正に真壁一騎という一人の少年にとっての失楽園の物語なのだ。 では、一方一騎をとりまく他の存在というのは、一騎とどうかかわっているのか?先にも述べたとおり、総士と真矢のふたりの存在が大きなウェイトを占めていることは言うまでもない。 総士というのは、自分のことをあまり語らない少年だ。 だからこそ、彼の存在そのものが一騎を不安にさせる。 だが、それなら一騎は総士が嫌いなのか?もちろん、答えは否、である。 5年前の事件までは誰よりも近しい親友同士だった一騎と総士、その関係を壊してしまったのは自分の行いである、と一騎は自分を責め続ける。 アニメでは明らかにされたその真相だが、小説の中でそれは明らかにされないままだから、一騎はその罪の意識から逃れることができない。 本当は、傷つける前の二人の関係に戻りたい、現に総士自身は事件の後も、何事も無かったように一騎と接しようとしてくれているのだから。 しかし、だからこそ一騎は、逃げ出した自分を許せないまま、そして、全てを精算するために総士に許しを乞う勇気も持たぬまま苦しみ続けているのだ。 自分の犯した罪と向き合うのが怖いからこそ総士の視線を避けるようにしながら、それでも総士が自分をどう思っているのかが気になってしょうがない矛盾、それが一番現れているのが、例の、「どちらに賭けたんだ?」という質問だろう。 5年ぶり(正確には4年7ヶ月と11日ぶりだそうだが)に一騎に親しく話しかけた総士が、何気なく言ったひとこと、「そういえば、僕も賭けてたっけ」という言葉に、一騎は滑稽なほど過剰に反応する。 総士にしてみれば、話さずにいた間も、自分は一騎のことを見ていたのだ、という程度の意味で言った言葉かもしれないが、一騎はその言葉に、自分でもわけがわからないまま痛く傷ついてしまうのだ。 一騎というのは、自分の存在を殊更に薄いものに感じている少年だ。 だから、他人には便利に扱われたとしても、特に傷ついたりすることもなく、自分はそれ以上でもそれ以下のものでもないのだ、と諦めているところがある。 海野球で助っ人として重宝されるのも、自分の強さを誇示するための勝負の相手にされるのも、そして賭けの対象にされるのも、仕方ない、と割り切って受け入れている。 そこで必要とされているのが「真壁一騎」という一個人では無く、ただ人並みはずれた運動神経ゆえ、競馬の馬かなんかのように扱われている存在であるということを解った上で。 なのに、総士が「賭ける側」にいた、と知ったときに、一騎は手ひどく「裏切られた」と思ってしまう。 それこそが、一騎が実は心の奥底で、総士だけは自分の存在を一騎自身として認めてくれているはずだ、と思っていたことの裏返しなのだ。 5年ぶりに総士と話したその日から、一騎とそして島の子どもたちの日常は一気に崩れていく。 敵の襲来とともに、総士に請われるがままに乗ったファフナーで戦った一騎。 そして、生まれて初めての戦いの中で一騎が相対したものは、得体の知れない「フェストゥム」という敵、そして、5年間耐え抜いた自分自身の心に澱のように溜まったドス黒い感情だった。 「傷つくことも、傷つけるのも、平気なのだ」 総士を傷つけたことに苦しみぬいた5年が出した、一騎自身の答え、それを確かめるようにフェストゥムに攻撃する一騎、そしてその破壊行為に激しい快感を覚えるくだりというのは、読んでいても背筋がゾクっとくるほど凄惨である。 「剥き出しになったもの、それを傷つけられたら二度と立ち直れないようなもの」、それはフェストゥムにとってはコアだ。 だが、それは同時に誰もが心の中に持っているものであり、一騎は、自分自身のその「傷つけられたら二度と立ち直れないもの」が、総士の手の中にある、と感じているのである。 フェストゥムの大事な核を、ファフナーとなった自分自身の手で握りつぶす快感、それはシナジェティックコードの形成によって、爬虫類の脳を呼び覚まされた一騎にとっては、とてつもないエクスタシーをもたらす。 そこにいるのは、5年の苦しみの末に、「居なくなりたい」と心から願っている、孤独な少年なのである。 初めての戦闘で、はからずも自分の心の奥底にあるものを全てさらけ出してしまった一騎が思ったのは、そんな醜い自分、罪から逃げ出し、破壊に快感を覚える自分の心を「総士に見られた」ということだ。 総士から逃れたい、と思いながらも、結局は自ら総士とともに行こうと決意したときから、こうなることは一騎にとっては宿命だったのかもしれない。 そんな一騎に、総士は一騎と共有する意識の範囲をほんの少し広げる。 そして、一騎は総士の心の中に更に深い闇を見ることになる。 「醜い心を持っているのはお前だけではない」 そうやって、恐らく誰にも見せたことは無いだろう、そしてこれからも見せることは無いだろう自分の心の中を一騎に見せること、そして、「お前がいてくれて、ありがとう」と一騎に告げた言葉、それこそが、「総士が一騎の全てを許している」ことの証明だろう。 そう、総士は一騎のことを、少しも恨んでなどいない、当の昔に許しているのだ。 一騎を許していないのは、他でもない一騎自身なのである。 一騎の存在そのものに感謝している総士と、総士への罪の意識ゆえに自分の存在を消してしまいたいと願っている一騎、そうやってすれ違う一騎と総士の思いが、物語の中に終始流れる二人の微妙な緊張関係を形づくっているものなのだろう。 では、一騎にとってそれほどまでに耐えがたく苦しかった5年間は、総士にとってはどんな5年間だったのか?総士自身の言葉で語られない以上、それは一騎にとってはわかりようのないことなのだ。 総士は、一騎をアルヴィスへ誘おうとする途中の下駄箱の前で、そして最初の戦いが終った一騎と話す海沿いのベンチで、その4年と7ヶ月と11日のことを、「たったそれだけか…」とつぶやく。 それは、その年月が総士が一騎のことを待ち続けた、総士にとっても長く辛い5年間だったことを暗示する。 一騎が総士のことを傷つけた理由がアニメで語られたとおりのものだとするならば、何故総士はそのことを一騎に告げなかったのか?ここから先は推測するしか無いのだが、ひとつはそれが、総士にとってもそれが、自分が一騎を同化しようとしてしまった「忌まわしい」思い出であったからかもしれない。 また、「認識制限コード」の壁があるからこそ、説明のしようが無かった、ということも考えられる要因だ。 自分だけが周りの友人よりも多くのことを知り、そして多くのことを背負わされていること、それが皆城総士にとっての一番の悲劇である。 だからこそ、本当のことを一騎に語れない日々、埋まることなく広がってゆく一騎との距離。 自分以外の子どもたちが、自分と同じように真実を知ることになる日、総士にとっては、自分だけが「知る者」である苦しみからやっと解放される待ち焦がれた日、それは皮肉にも、島が楽園で無くなる運命の日でもあった。 もし、突然の敵襲が無ければ、一騎を誘った先のアルヴィスで、総士は一体何を語るつもりだったのだろうか? 最初の戦いから半年後の戦闘、傷つくことも、仲間を失うものも最早日常となってしまった絶望的な戦いの終ったあと意識をブランクさせている間に、戦いが始まる前のことを夢見た一騎。 目覚めたときに総士に尋ねたのは、「どっちに賭けた?」という、あの問いだ。 「さあ、忘れてしまった…」という総士の答えの中に、初めて一騎は「総士は賭けなどしてなかったのではないか」ということに思い当たる。 二人の間の5年の沈黙の末、再び戦いという場で共に歩み始めた総士と一騎。 その半年の間も、総士は一騎にとって、「この世で最も信頼し、そして最も疑いを抱き続ける相手」であり続ける。 だが、総士のことを疑い続けるのは、一騎自身の問題であり、また結局は多くを一騎に語ろうとしなかった総士のせいでもある。 つまるところ、ふたりとも「不器用すぎる」のだ。 5年前の事件と向き合うことのできぬまま、それを見たく無いが故に目を閉じたままの暗闇の中で、それでもお互いの存在を手探りで探そうとしている、この段階での一騎と総士というのは、そんな関係なのかもしれない。 では、一騎にとってもう一方の側にいる真矢はどうか。 真矢は、口べたで自分の思いを説明することが苦手な一騎のことを理解してくれる、また理解してくれようとするたった一人の存在だ。 そして、きっかけが何であれ、真矢が一騎に対して友達以上の好意を持っていることは間違いないだろう。 「いつまでも聞いていたいような、甘みのある声」 一騎と総士の間にあるものが緊張ならば、一騎と真矢の間にあるのは安らぎである。 一騎の心の中に、総士に対する贖罪の意識が無ければ、おそらく一騎と真矢は普通の中学生同士として交際していたのかもしれない。 一騎が総士を傷つけたことを告白されたただひとりの第三者として、そして持ち前の「人を洞察する能力」によって真矢が常に感じているのは、総士がいつか、自分のいる日常から一騎を連れ去っていってしまう存在である、という予感だ。 新学期が始まった日に、総士が一騎を連れて行こうとするのを見たときの、尋常で無いほどの怒り。 「サヴァン症候群」 ほんの僅かな情報から多くを推測してしまう真矢の能力のことを、総士はそう呼ぶ。 サヴァン症候群というのは、本来脳になんらかの障害があって、逆にその障害によって特定の分野で天才的な能力を発揮することをさすそうだ。 自閉症を持っている人が、とんでもない記憶力を持っていたり、というのを、そういうらしい。 総士が言うサヴァン症候群が、そういった本来の意味を指しているのかどうかはさておき、真矢は、その天才的な推測能力と引き換えに、ファフナーに乗れる能力が欠如している。 アニメの中では、真矢がファフナーに乗れない障害がある、というのは弓子による虚偽だということになっていたが、どうやら小説の中の真矢は、本当にファフナーに乗るために決定的な条件が欠けているように思われる。 それは即ち、「自分が変化することに耐えられない」ということだ。 フェストゥムの襲来から半年経っても、アルヴィスにすら馴染むことのできない真矢。 自分がファフナーそのものに変化することを受け入れなければならないパイロットとなるのは、現時点の真矢には到底無理だろう。 だが、だからこそ、戦いが始まる前からずっと変わらぬ存在であり続ける真矢が、そこにいる。 それこそが、一騎を安心させるものであり、真矢を、一騎が「ときどきは帰りたい場所」と思わせるものなのかもしれない。 「兎」、最初の戦いのとき、一騎のことをファフナーの元へ誘おうとした総士のことを、真矢はそう呼ぶ。 一番大事なものを守るために、食べてしまう兎、戦いが始まる直前の総士が「一騎くんのことを食べちゃうんだと思った」と、言うのだ。 そのサヴァン症候群のもたらした直感で、総士が無意識のうちに、一騎のことを自らに取り込もうとしていることを、真矢は見抜いていたのだろうか。 真矢が一騎のことを大事に思っているのと同じように、総士もまた一騎を大事に思っていることを、真矢は気づいているのだろう。 ただ、その方向が真矢と総士では真逆なだけだ。 「俺のこと、覚えててくれるか?」 そう真矢に尋ねながら一騎が感じるのは、「それを傷つけられたら二度と立ち直れない大事なもの」を真矢に渡す感覚だ。 一騎自身の大事な「コア」、それは一方で総士の手のなかに握られていると感じたものであり、そして一方で真矢の手の中に預けようと思ったものなのだ。 「俺って、いて、よかったかな?」 真矢にそう尋ねる一騎に、真矢は「いてくれて、ありがとう」と答える。 これもまた、最初の戦闘で総士が一騎に言った言葉と同じだ。 一騎にとっては総士も真矢も、一騎を一騎自身として受け入れてくれる大切な人であり、どちらを失っても一騎自身のバランスが取れなくなってしまうような、そんな存在なのだろう。 真矢が光ならば、総士は闇。 その間にいる一騎は、自分のことを覚えていてくれる光である真矢がいるからこそ、総士とともに闇に向かって行く事ができるのかもしれない。 総士と真矢のことばかり語ってしまったが、小説の中で一騎が深く関わることになるのは、蔵前と甲洋と翔子だ。 特に、アニメでは全く一騎と関わりを持たなかった蔵前が、戦い始めの局面で一騎に大きな影響を与えることになる。 それまでは、一騎にとっては他の生徒と同じように「その他大勢」の中のひとりにしか過ぎなかったはずの蔵前が、サイレンの音とともに非日常へ移行した島で、総士と対等に言い合ってることへの驚き。 子ども達の中で、総士と蔵前だけが、大人たちの作った偽りの楽園の中で、何も知らないまま穏やかに過ごすことを許されなかった存在だ。 人に言えない秘密を共有していたもの同士だからこそ言い合える遠慮の無さ、頭の中では総士のやっている事は間違ってはいないとは思いつつも、いちいち逆らいたくなってしまう蔵前の屈折した気持ち、そして「あなた、怖いのよ、皆城くん。 だから一騎くんにそばにいて欲しいだけなのよ」という言葉に潜む嫉妬。 一騎や真矢のいる前にも関わらず蔵前が総士につっかかり続けた言葉の裏にあるのは、「何故、わたしじゃダメなの?」という問いかけだ。 たとえ大人の命令は、パイロットを一騎にすることだったとしても、総士にだけは、自分を指名して欲しい、自分の存在が総士にとって必要なものだ、ということを総士の口から言って欲しい。 しかし、総士の答えは「乗るのは君じゃない、一騎だ」という言葉。 彼女は、そして一騎は、どんな思いでそれを聞いたのか? ファフナーに向かうバーンツヴェックの中で、一騎と話す蔵前は、それまで総士と話していた時とは別人のように穏やかだ。 その言葉からわかることは、あれほど総士に食ってかかっていながら、本当は彼女自身が「一騎でなければダメだ」ということを悟っていたということだ。 皆城家の養女という立場、テスト・パイロットとしてファフナーに乗っても、指標作りとしての役目しか果たせなかったこと…でも、それを聞いた一騎は、「蔵前がいてくれたから、俺が乗れるってことだろ?」と答える。 近すぎるからこそ、改めて総士が蔵前に告げることは無かった、でも、本当は蔵前が一番聞きたかった言葉、それを一騎が言ってくれたことで、蔵前は本当の意味で、「自分のテストパイロットとしての役割が終った」ことを知ったのかもしれない。 「私がいて、良かったって…思う?」 蔵前が最後まで、総士に聞けなかったその言葉に、「思う」と一騎が答えたことでやっと、蔵前は総士から預けられていたバトンを、確かに一騎に渡すことができた。 そして、彼女は、一騎とそのバトンを守るという最後の役目を果たして、ワームスフィアへと飲み込まれてしまうのだ。 一騎にまたひとつ、自分の目の前で大切なものが失われてしまう苦しみを残して。 蔵前と同じように、あるいはそれ以上に、鮮烈な傷を一騎に残して消えていってしまったもうひとつの存在、それが翔子だ。 真矢が「変化することに怯える」存在ならば、翔子は「変化することを渇望する」存在である。 肝臓の奇形のために、普通に学校に通うこも、大好きな肉を食べることも我慢して、常人には耐えられないような苦痛にも耐えてきた翔子。 「茎」のようにかよわく見える彼女こそが、実は誰よりも芯の強い子であることを、一騎は翔子との訓練を通して段々とわかっていく。 一騎をコントロールしようとする存在が総士で、一騎を待ち続ける存在が真矢であるなら、翔子は一騎に自分から寄り添っていこうとする存在だ。 ある意味、3人の中で一番まっすぐで一番積極的なのが、実は翔子なのだ。 そして、そんな翔子の中に、一騎は「灯りに背を向けて泳ぎだした先にあった、思わぬ灯り」を見る。 「この子を守る」 それが、平和だった日々が本当に終ってしまう前に一騎が決心したことだ。 それが果たせたならば、あるいは一騎は、自分の居場所のある世界を、平和に戻った島で新しい自転車に翔子を乗せて、真矢と3人で学校に通う、そんな夢を見続けていられたのかもしれない。 翔子は、「自分がいつか正しい形に生まれかわること」を夢みていた。 一騎が自己を否定していたように、自分の肉体を否定していたからこそ、彼女はだれよりもマークゼクスに適合し、飛ぼうと思えば鳥のように、どこまでも舞い上がって行くことができたのだ。 彼女がどのようにして散っていったかは、物語の中では明らかにされてはいない。 でも、恐らく彼女は、ベッドの上に縛られ続けた日常よりも、ファフナーに乗って、憧れ続けていた一騎のパートナーとして生きることのできた、ほんのわずかな日々こそを、自分にとっての幸せだと思っていただろう。 翔子は、一騎とともに戦える、という至福のうちに、散っていったに違いないのだ。 一騎のパートナーとしての翔子の死は、一騎にとっては「守ろう」と決意したものを「守れなかった」という苦しみを刻み、平和にもどった島での一騎の居場所の夢を壊すと同時に、真矢と同じように一騎にとっては心を許せる友であったはずの甲洋をも奪っていく。 翔子の死とともに、「繊細で優しく、思いやりにあふれた」甲洋もまた死んだのだ。 そして、そこに残ったのは、一騎に対して抑え続けていた嫉妬を憎悪に変えてしまった、「味方殺しの甲洋」だ。 フェストゥムとの戦いは、そうやって目に見えぬものも、見えないものも、一騎から奪い去っていってしまったのだ。 物語の最後、「島を出よう」と思った一騎が見上げた空にあったもの、それは、「見慣れた場所にある太陽」だ。 島がフェストゥムの目の届かないところに移動できれば、島はまた平和にもどる、と大人たちから聞かされていたこと。 でも、半年の戦争で、かけがえの無いものをいくつも失った末に、島はまた、太陽が東から昇り西に沈んでいた元の位置に戻っていた。 楽園など、どこにも有りはしなかったのだ。 そのとき、初めて一騎は、自分が自分に嘘をつき続けたことを、「傷つけることも傷つけられることも平気だ」などということは、その苦しみから逃れるための嘘だということを認める。 傷つけることも、傷つけられることも、もうたくさんなのだ。 総士の目を傷つけ、蔵前を失い、翔子を守ることもできず、甲洋を傷つけまた傷つけられ…そうやっていくうちに、一騎はまたひとつづつ、自分の居場所を失っていった、いや、失ったと思い込んでいるのだ。 平和になったら島を出る、というひどく現実離れした願い…やはり、一騎は「いなくなりたい」のだ。 そんな自分がそこに「いる」ことに気づいたとき、初めて一騎の頬を伝う涙、そしてやり場の無いまま放たれる咆哮。 そうやって、物語は自分自身の本当の願いにやっと気づいた一騎の絶望とともに幕を閉じる。 あまりに救いの無い終幕。 でも、一騎の本当の物語は、始まったばかりなのではないか。 「積極的な自己否定の先にある絶対的な肯定」 アニメの中の史彦の言葉を借りれば、この物語の中で一騎が辿り着いたのは、究極の自己否定だろう。 ならば、一騎はこの先の「絶対的肯定」へ向かって行くべき存在だ。 「いてくれて、ありがとう」と言った総士、そして真矢。 自分の存在を肯定してくれる人のところにこそ、自分の居場所があるということに気づいたそのとき、初めて一騎は「存在の肯定」へ向かって行けるのかもしれない。 アニメの中では、その過程は、一騎が島を出て、そして戻ることを決意する過程で描かれる。 アニメで一騎が島を出るときの状況と、小説が終ったときの状況は、かなり違ったものだから、小説での一騎の「肯定」への過程は、また違ったものなのだろう。 できることなら、アナザーストーリーとしての小説での「一騎の再生」の物語を読んでみたい、全てを読み終えた今、そう思わずにはいられない。 一騎の救済が語られない限り、やはりこの小説版の「蒼穹のファフナー」は、未完の物語であるのだから。

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