ぼく と ニケ。 渋谷すばる ぼくのうた 歌詞

2019年小学校高学年:青少年読書感想文全国コンクール

ぼく と ニケ

娘が図書館でちょっと読んではいつも泣きそうになるから、読み終えられないのだという本。 でも、気になっている本。 ふーん、お母さん興味あるなぁと買いました。 課題図書だったのね。 なるほど、捨て猫を飼うことについて。 命について。 生き物を飼う責任。 ひとつの生命を見た子供たちは何かを感じ取るだろう。 病気になってどうしようもないこともあるということも。 その前に動物に対してご飯をやったり、トイレ掃除をしたり、しっかり面倒を見ることが重要だと思う。 我が家も猫を飼っていて、最初の2匹は元々捨てられていた。 病気になれば医療費もかかった。 予防接種も必要。 我が家の場合、2匹までしか飼わないと決めている。 ただ、きっかけがあれば3匹目もあるかもしれない。 天国にいった2匹のうち1匹は13歳で腎臓の病気で点滴を続けたが治らず、1匹は25歳で病気が高齢になって出たものの長生きして天国に。 現在は若い2匹の猫を飼っている。 保健所に行って引き取った。 責任をもって最期まで見るのは正しい。 だけど、拾わなければ、そのまま死んでいたんだよね。 飼えなくても里親を探すのも方法としてある。 とにかく、避妊不妊手術をする、飼えない頭数を飼わない、そして、当たり前だけど捨てない。 ちゃんと最期まで面倒を見る。 猫なら完全室内飼いを徹底した方がよい。 こういう考えがむかしより浸透してきてはいると思う。 動物を病院へ連れて行く意識はむかしはもっと低かったんじゃないだろうか。 子供の頃からよく教えておくことは必要だ。 ある日玄太が学校から帰ってくると、家の前で、幼なじみの仁菜が待っていた。 その腕に、公園で拾ったという子猫の入った箱を抱いて。 それからニケと名付けられた子猫を巡って、玄太と仁菜、そしてふたりの家族たちの日常は変わっていく。 子猫の仕草のなんというかわいらしさ! ふみふみしたり、いたずらしたり。 弱っていた子がすっかり元気になって、やんちゃをしては周囲を振り回す。 主人公は小学5年生の玄太。 彼のもとへ同い年の幼なじみ・仁菜が保護した子猫を連れてくることで『ぼくとニケ』の物語は始まる。 玄太は幼なじみとはいえ、女の子の仁菜と話すことが恥ずかしくなってきた年頃。 そして仁菜は、絶賛不登校中である。 このふたりが、子猫のニケを飼うこと、その面倒を見てゆくこと、そして看取ることを通して成長する様子を描きながら、猫を飼うにあたってはまず何をすべきか、動物病院で行われる検査や処置の方法や理由、猫だけでなく、動物を飼うこと、一緒に暮らすこと、その責任についてを、読者に教えてくれる。 児童書のカテゴリだが、大人にもぜひ読んでほしい。 「可愛い」から、「可哀そう」だからというだけで、気まぐれに動物に接し、無責任にえさを与えて良いことをしたと思っている人間はたくさん存在する。 けれど子どもでも大人でも、中途半端に生き物に関ってはいけないということが、玄太と仁菜、彼らの親たちの動物を飼うことへの姿勢や、迷い悩む気持ちを通して伝わってくる。 物語に色々と設定を詰め込みすぎている感があったが、それでも最後は号泣するしかない。 猫を飼ったことがある人ならわかるはず。 おうちの猫を、一生かけて幸せにしなくては。 と心に誓う一冊である。 大号泣 子供が猫を飼う話って、現代の動物愛護的によくない状況が書かれることが多い。 (外に放し飼いにしたり、人間のごはんをつまみ食いしたり) だから読み初めに、「あー、またか」って思ったけど。 読み進めていくうちに、ちゃんと猫との向き合い方を書いている本だと分かった。 飼うということ、責任の重さをちゃんと書いている。 完全室内飼いは明言していないけど・・・ たまたまウチの猫たちは、良い保護団体に巡り合い、我が家にきて、目立つ病気もなく。 これって本当に奇跡のような幸運なんだって、改めて思った。 最後の兄弟猫のくだりはどうなんだろ? ほんとはほかの家に猫を連れて行くことはだめだし、友達に引き取られた兄弟猫に会いに行ったら、お互いシャーーシャーだったけど笑 2019年度の読書感想文コンクールの高学年用課題図書とのこと。 母が、1ページぺらっと見ただけで、「課題図書なんだ。 高学年ね」って言ったのはさすが!.

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読書感想文『ぼくとニケ』のあらすじ・内容とポイント|夏休み課題図書

ぼく と ニケ

命を巡る葛藤や猫の可愛さ、仁菜と玄太の関係などにも注目です。 とても大切にしている飼い猫が、治らない病気で苦しんでいるとき、もしあなたが飼い主ならどうするか考えながら読むといいですね。 「命」を考えるのにとても良い作品です。 「ぼくとニケ」の主な登場人物 立石 玄太 げんた・げんちゃん この物語の主人公。 小学5年生。 友達の仁菜が拾ってきた捨て猫を家で飼うことになり、 命や生き物を飼うということの責任について深く考えていきます。 松木 仁菜 まつき にな 玄太の幼なじみで天然パーマの女の子。 わりと強気でまっすぐ。 小5の途中から不登校。 公園に捨てられていた猫を引きとってもらおうと、玄太の家を訪れた。 不登校なので学校には行っていないが、ニケの様子を見に何度も玄太の家にきています。 雅 みやび 仁菜の母親で看護師。 起こったら怖い意志の強い女性。 髪はストレートだが、実は天然パーマ。 猫嫌いと思われている。 玄太の母の真季とは幼なじみ。 実は自分自身にも捨て猫を拾いすぎてどうにも出来なくなった経験があり、仁菜が猫を飼うことには強硬に反対する。 楓(かえで) 雅の妹。 捨てられたねこの預かりボランティアをしている。 仁菜と玄太に、猫を飼うことの責任を伝えたり、 雅の過去をそっと教えてくれる。 というか、ぼくはそんなボランティアがあることを初めて知りました。 ・命に責任を持つということ ・捨て猫と預かりボランティアについて ・ペットが教えてくれること ・自分なら責任を持って猫を飼えるだろうか などを作品とからめながら考えると読書感想文にまとめられるでしょう。 「ぼくとニケ」読書感想文の流れの例 生き物を飼っていない人は 「生き物を飼うと言うことは命に対して責任を持つ必要があることが分かった」 と言う流れで書いていくとよいでしょう。 生き物を飼っている人は 「自分が飼っている生き物にどんな世話をしているか」 を書きあげ、 「最期まで自分のペットをとことん大切にしていく!」 という気持ちを乗せると良い感想文になるでしょう。 ここでは「生き物を飼っていない」人を想定して流れを考えていきますね。 猫を見た経験を書く。 あなたも猫を見たことがあるはず。 どこで見ましたか? 見た時の猫の様子や状況を書きましょう。 街中?友だちの家?ペットショップ? あなたの目を通して、猫が幸せそうかどうかをまとめましょう。 例えば・・・ ぼくの友達の家には猫がいる。 その猫の種類はブリティッシュショートヘアというらしい。 とても大切に育てられていることがわかる。 部屋にはキャットタワーがあり、いろんなところを自由に動き回っている。 友だちはその猫が赤ちゃんの頃から飼っていて、赤ちゃんの頃はそれはもうとても可愛かったそうだ。 その猫は今は大人で、去勢手術も受け、責任を持って育てられている。 ここでは、幸せな猫の例を書いてみましたが、不幸な猫の例でももちろんOKです。 (悲しいけど) あなたが見たことのある猫のリアルを書けば、読む人の興味を引き出せるはずです。 ニケの状況についてまとめる さて、今度は読書感想文らしく、 読んで分かったことを書きましょう! ニケの生い立ちと、一緒にいた3か月間をダイジェストでまとめ、玄太たちの心情を考えましょう。 物語をまとめつつ、今度は自分のことを語る方向につなげていきましょう。 野良猫か飼い猫か、猫にとってどちらが幸せかは分からないけれど、人間の都合で捨てられる猫はかわいそうだ。 ただ、捨てられた猫や行き場のない猫のために、次の飼い主が見つかるまで世話をする「預かりボランティア」をする人たちがいることを、ぼくはこの本を読んで初めて知った。 預かりボランティアの家で短期間飼われることで、人に慣れた状態で猫を引き渡せるのはとてもいいと思った。 同時に、ボランティアが必要なほど、捨て猫がたくさんいるということも考えてしまっだ。 やはり、飼うからには責任を持たないといけないとぼくは思う。 ここでは「預かりボランティア」を例にしましたが、 動物病院の処置や費用についての驚きをまとめてもいいでしょう。 自分は責任を持って生き物を飼えるか考える さて、いよいよまとめです。 この本を読んであなたがどう変わっていくかを語りましょう。 例えば スポンサーリンク 「ぼくとニケ」作者情報 作者は片川優子さん。 作家であり獣医さんでもあります! 二足のわらじとはこのことですね〜。 獣医さんだからこそ ペットに対する愛情だけではなく処置についてもリアルに描けているわけですね。 仕事の内容が物語の形で伝えられるのって素晴らしいですよね。 作文はただ書く経験だけではなく具体的に学ぶことで 一気に上達するものです。 この「ブンブンどりむ」は、マンガ形式の教材で取り組みやすいです。 この作品は、タイトルからわかるように クローン(遺伝情報的には同一)の犬を作るお話です。 こちらもお勧めですよ。 良い読書感想文が書けますように!.

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【感想文の書き方】2019年高学年向け課題図書「ぼくとニケ」

ぼく と ニケ

「ネコの吸引と牛丼の香り」 ネコの顔は、人間にとてもいい印象を与えるそうです。 耳が三角形で口のあたりも三角形なところがその原因だったと思いますが、本当なのか?と思います。 そういうむずかしいことを考えなくてもネコはかわいい。 私はやりませんけど、ネコが大好きな人は大好きなあまり、 ネコを「吸う」らしいです。 自分の顔をネコ(のたぶん胴体)に押し付けて深呼吸。 実際にやっているところを見たことはありませんが、ネコを飼っている何人かから「やってる」という話を聴いているので、けっこうネコ好きの間では常識の行動なのかもしれません。 「食べちゃいたいくらいかわいい」「目に入れても痛くない」は日本語に登録された表現ですが、「 好きすぎて吸う」は日本語に受け入れられるのに時間がかかりそうです。 一見「ネコを吸う」は奇妙に見えるふるまいですが、もしかするとけっこう大切な行動なのかもしれません。 私は何かを思い出すとき、その姿や音よりも、匂いで思い出すとよりはっきりと思い出すことができます。 「牛丼の盛り付け」とよりも「牛丼の香り」のほうがよりリアルに私は牛丼をイメージできます。 同じように「あのとき飼っていたネコの白い毛並み」よりも 「あのとき飼っていたネコの吸った感じ」の方が、のちのちネコのことを覚えている手がかりとしては強いのではと思います。 『ぼくとニケ』でニケは残念ながら命の終わりを迎えます。 たとえ病気にならなかったとしてもネコは人間よりも寿命が短く、多くの場合飼っているネコは私たちより先に旅立ちます。 私たちにできるのは彼らの生きていたときを覚えていることだけです。 ペットを飼うということはペットの記憶をずっと覚えていることとほとんど同じです。 ペットを飼うということは彼らの生きた跡に対して責任があるということです。 「ボールで遊んでいたのがかわいかったね」だけじゃなく「吸ったときとても幸せだったね」など、できるだけたくさんの記憶を抱えていかねばなりません。 飼い主がネコを吸うのは、単にそれが「気持ちいいから」じゃなくて「別れた後に思い出すため」も含まれているのかもしれないと今気づきました。 日本ではある薬物を吸うと捕まってしまいますが、 ネコを吸うことは永遠に合法のままであってほしいと強く願います。 (949字、原稿用紙2枚と16行) おわりに.

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