清少納言と紫式部 品詞分解。 古文の品詞分解と口語訳の問題です。古典が大の苦手科目なので投稿しま...

紫式部日記『和泉式部と清少納言』の品詞分解 / 古文 by 走るメロス

清少納言と紫式部 品詞分解

「黒=原文」・ 「赤=解説」・ 「青=現代語訳」 原文・現代語訳のみはこちら 問題はこちら 【登場人物】 和泉式部(いずみしきぶ)=作者であると考えられている。 橘道長と結婚するも夫婦仲は悪く、別居中の際に為尊親王と親しくなった。 故宮(こみや)=為尊親王(ためたかしんのう)のこと。 本編の一年前に亡くなった。 和泉式部とは恋仲であった。 帥宮の兄 帥宮(そちのみや)=敦道親王(あつみちしんのう)のこと。 故宮の弟 小舎人童(こどねりわらは)=故宮に仕えていたが、現在は帥宮に仕えている少年 夢よりも はかなき 世の中を嘆きわびつつ明かし暮らすほどに、四月十余日(うづきじふよひ)にもなり ぬれ ば、木の下暗がり もてゆく。 はかなき=ク活用の形容詞「果無し(はかなし)」の連体形、はかない、頼りない。 何にもならない。 たわいもない。 「はか」どることが「無い」というのが語源だと考えられる。 世の中=名詞、男女の仲。 もてゆく=カ行四段動詞「もてゆく」の終止形、しだいに~してゆく。 「もて」は接頭語で、あまり意味はない。 夢よりもはかない男女の仲を、嘆き悲しんで日々を明かし暮らすうちに、四月十日過ぎになったので、(たくさん葉がついてきて)木の下がしだいに暗くなってゆく。 築地(ついひぢ)の上の草青やかなるも、人はことに目もとどめ ぬを、 あはれと ながむるほどに、近き透垣(すいがひ)のもとに人のけはひのすれ ば、 ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形 あはれ=形容動詞「あはれなり」の語幹。 「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。 しみじみと思う、しみじみとした情趣がある ながむる=下二段動詞「眺(なが)む」の連体形、じっとみる、眺める。 物思いに沈む。 築地(土の塀)の上の草が青々としているのも、他の人は特に目もとめないが、しみじみとした思いで眺めている時に、近くの透垣のあたりに人の気配がしたので、 誰 なら むと思ふほどに、故宮(こみや)に 候(さぶら)ひ し小舎人童(こどねりわらは) なり けり。 なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形 む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 宮=天皇の親族、皇族 候ひ=ハ行四段動詞「候(さぶら)ふ」の連用形、謙譲語。 お仕えする、お仕え申し上げる。 動作の対象である為尊親王を敬っている。 作者(和泉式部)からの敬意。 英語で言う助動詞「canやwill」みたいなもの。 英語だと、「need」には助動詞と通常の動詞としての用法があるが、「候ふ・侍り」も意味は違うがこれみたいなもの し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形 なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形 けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。 あはれにもののおぼゆるほどに来 たれ ば、「 などか久しう見え ざり つる。 遠ざかる昔の名残にも思ふを。 」など言は すれ ば、 あはれに=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。 「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。 「などか」の「か」は係助詞、結びは連体形となる。 係り結び。 ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形 つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形。 係助詞「か」を受けて連体形となっている。 係り結び すれ=使役の助動詞「す」の已然形、接続は未然形。 「す」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。 しみじみとかなしく思われる時に(小舎人童が)来たので、「どうして長く姿を見せなかったのか。 遠くなっていく(為尊親王との)昔の思い出の名残とも(あなたのことを)思っているのに。 (違う理由があるかもしれませんが、これも一つの理由のはず。 ) 「そのことと 候は では、なれなれしきさま に やと、 つつましう 候ふうちに、日ごろは山寺に まかりありきて なむ。 候は=ハ行四段動詞「候(さぶら)ふ」の未然形、「あり」の丁寧語。 言葉の受け手(聞き手)である和泉式部を敬っている。 もう一つの「候ふ」も同じ 「候ふ」は本動詞だと謙譲語(お仕え申し上げる、お控え申し上げる)と丁寧語(あります、ございます、おります)の二つの可能性があるので注意。 補助動詞だと丁寧語(~です・ます) で=打消の接続助詞、接続は未然形。 にや(あらむ)=~であろうか。 「にや・にか」の後に「あらむ」が省略されていることがしばしばある。 疑問・反語 に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形 や=疑問の係助詞、接続は連体形となる。 係り結び。 む=推量の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 係助詞「や」の結びとなっている。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 あとは文脈判断。 つつましう=シク活用の形容詞「つつまし」の連用形が音便化したもの。 気が引ける、遠慮される まかり=ラ行四段動詞「まかる」の連用形、謙譲語。 「ありき(「歩く」の連用形)」の上について謙譲の意味を加えている。 なむ=強調の係助詞、結びは連体形となるが、ここでは省略されている。 係り結びの省略。 「侍る(丁寧語:ございます)」が省略されている。 「これといった用事もございませんのでは、なれなれしいのではないだろうかと、遠慮しておりますうちに、ふだんは山寺に参っておりました。 」 いと 頼りなく、 つれづれに思ひ たまう らるれ ば、 頼り=名詞、頼りにできるもの、よりどころ。 縁、ゆかり。 手紙、訪問 つれづれに=形容動詞ナリ活用「つれづれなり」の連用形、することがなく退屈な様子、手持ちぶさたな様子。 どうしようもなく一人物思いに沈むさま たまう=補助動詞ハ行下二「たまふ」の未然形「たまへ」が音便化したもの、謙譲語。 四段活用のときは『尊敬語』、下二段活用のときは『謙譲語』となるので注意。 下二段活用のときには終止形と命令形にならないため、活用形から判断できる。 四段と下二段のそれぞれに本動詞・補助動詞としての意味がある。 らるれ=自発の助動詞「らる」の已然形、接続は未然形。 「らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。 自発:「~せずにはいられない、しぜんと~される」 また、「らる」の接続は未然形の中でも語尾の発音が「e(エ)」のものである。 よって、今回は音便化してはいるが、四段活用の「たまは」ではなく下二段活用の「たまへ」の方であり、謙譲語なのだと判断できる。 (為尊親王が亡くなって以来、)たいして頼りとするものもなく、手持ちぶさたであるように思われますので、 御代はりにも見 たてまつら むとて なむ、帥宮(そちのみや)に 参りて 候ふ。 」と語る。 たてまつら=補助動詞ラ行四段補「奉る」の未然形、謙譲語。 動作の対象である帥宮を敬っている む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 係助詞「か」を受けて連体形となっている。 係り結び。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び。 参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。 動作の対象である帥宮を敬っている。 候ふ=ハ行四段動詞「候(さぶら)ふ」の終止形、謙譲語。 お仕えする、お仕え申し上げる。 動作の対象である帥宮を敬っている。 その場合、言葉の受け手(聞き手)である和泉式部を敬っていることになる。 (為尊親王の)御代わりに(お世話を)見申し上げようと、帥宮のもとに参上してお仕えしています。 」と語る。 「いとよきことに こそ あ なれ。 その宮は、いと あてに、 けけしう おはします なる は。 こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。 係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。 係り結び。 直前に連体形が来ているためこの「なり」には「断定・存在・推定・伝聞」の四つのどれかと言うことになる。 しかし、直前に音便化したものや無表記化したものがくると「推定・伝聞」の意味の可能性が高い。 あとは、文脈判断 あてに=ナリ活用の形容動詞「貴(あて)なり」の連用形、上品だ、優雅だ。 身分が高い、高貴である。 けけしう=シク活用の形容詞「けけし」の連用形が音便化したもの、親しみにくい、よそよそしい おはします=補助動詞サ行四段「おはします」の終止形。 尊敬語。 「おはす」より敬意が高いもの。 動作の主体である帥宮を敬っている。 敬語を使った和泉式部からの敬意。 なる=伝聞の助動詞「なり」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 直前に終止形が来ているため「伝聞・推定」の「なり」であることが分かる。 後は文脈判断。 は=係助詞 「(それは、)たいそうよいことでしょう。 その(弟の)宮様は、とても上品で近づきがたくていらっしゃるそうだが。 昔のやうには え しもあら じ。 」など言へ ば、 え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」 しも=強意の副助詞。 訳す際にはあまり気にしなくてもよい。 昔(仕えていたお兄さん)のようではないでしょう。 」と(和泉式部が)言うと、 「 しか おはしませ ど、いと け近うおはしまして、『常に 参るや。 』と問は せおはしまして、 然(しか)=副詞、そのように、その通りに おはしませ=サ行四段動詞「おはします」の已然形。 「あり」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 動作の主体である帥宮を敬っている。 敬語を使った子舎人童からの敬意。 ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形に付く。 け近う=ク活用の形容詞「気近し」の連用形、親しい、親しみやすい。 「け」は接頭語であり、あまり気にしなくてもよいが、「なんとなく」といった意味がある 参る=ラ行四段動詞「参る」の終止形(あるいは連体形)、「行く」の謙譲語。 動作の対象である和泉式部を敬っている。 この敬語を使った帥宮からの敬意である。 回想の場面であるのでこの敬語を使ったのは帥宮。 「や」が「疑問」を意味していることさえ分かれば、あとはあまり気にしなくて良い。 せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。 すぐ下に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。 「おはしまし」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である帥宮を敬っている。 子舎人童からの敬意。 (帥宮様の評判は)そのようでいらっしゃいますが、(実際、帥宮様は)たいそう親しみやすくいらっしゃって、『(お前は)いつも(和泉式部のもとへ)参上するのか。 』と(私に)お尋ねになって、 『 参り 侍り。 』と 申し 候ひ つれ ば、 参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語、動作の対象である和泉式部を敬っている。 この敬語を使った子舎人童からの敬意。 侍り=補助動詞ラ変「侍り」の終止形、丁寧語。 「侍り」は「候ふ」と同様に、補助動詞だと丁寧語である。 言葉の受け手(聞き手)である帥宮を敬っている。 回想においての聞き手は帥宮。 申し=サ行四段動詞「申す」の連用形、「言ふ」の謙譲語。 動作の対象である帥宮を敬っている。 この敬語を使った子舎人童からの敬意。 候ひ=補助動詞ハ行四段「候ふ」の連用形、丁寧語。 「侍り・候ふ」は補助動詞だと丁寧語である。 言葉の受け手(聞き手)である和泉式部を敬っている。 子舎人童からの敬意。 『参上します。 』と(私が答えて)申しましたところ、 『これ持て 参りて、いかが見 給ふとて 奉ら せよ。 』と のたまはせ つる。 」とて、 参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語、動作の対象である和泉式部を敬っている。 この敬語を使った帥宮からの敬意。 回想の場面であるのでこの敬語を使ったのは帥宮。 給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。 「いかが」の中に含まれる係助詞「か」を受けて連体形となっている。 係り結び。 動作の主体である和泉式部を敬っている。 この敬語を使った帥宮からの敬意。 回想の場面であるのでこの敬語を使ったのは帥宮。 奉ら=ラ行四段動詞「奉る」の未然形、謙譲語。 差し上げる。 動作の対象である和泉式部を敬っている。 せよ=使役の助動詞「す」の命令形、接続は未然形。 「す」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合はほぼ必ず「使役」の意味である。 のたまはせ=サ行下二動詞「のたまはす」の連用形、「言ふ」の尊敬語。 「のたまふ」より敬意が強い。 おっしゃる。 動作の主体である帥宮を敬っている。 この敬語を使った子舎人童からの敬意。 つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形 『(それならば、)これを持って参上して、どのように御覧になるかと(尋ねて、)差し上げよ。 』とおっしゃいました。 れ=自発の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。 「る」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味がある。 和歌の意味は「五月を待って咲く橘の花の香りをかぐと、昔親しんだ人の袖の香りがすることだ。 「さらば 参り な む。 いかが 聞こえさす べき。 」と言へば、言葉にて 聞こえさせ むも かたはらいたくて、 参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。 動作の対象である帥宮を敬っている。 この敬語を使った子舎人童からの敬意 な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。 「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 聞こえさす=サ行下二動詞「聞こえさす」の終止形、「言ふ」の謙譲語。 動作の対象である帥宮を敬っている。 子舎人童からの敬意。 べき=適当の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 「いかが」に含まれる係助詞を受けて連体形となっている。 係り結び。 「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。 基本的に文脈判断。 聞こえさせ=サ行下二動詞「聞こえさす」の未然形、「言ふ」の謙譲語。 動作の対象である帥宮を敬っている。 作者(和泉式部)からの敬意。 む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。 直後が名詞だと「㋓婉曲」になりがち。 訳:「申し上げる(ような)ことも」。 かたはらいたく=ク活用の形容詞「かたはらいたし」の連用形、恥ずかしい、きまりが悪い。 はたで見ていて苦々しい、いたたまれない。 「それでは、(帥宮のもとに)参上しましょう。 どのように(帥宮に)申し上げたらよいでしょうか。 」と(子舎人童が)言うので、なにか言葉にして申し上げるのも恥ずかしくて、 「何 か は。 あだあだしくもまだ 聞こえ たまは ぬを、 はかなきことをも。 」と思ひて、 か=反語の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び は=強調の係助詞。 現代語でもそうだが、疑問文を強調していうと反語となる。 「~か!(いや、そうじゃないだろう。 なので、「~かは・~やは」とあれば反語の可能性が高い。 「何かは」を直訳すると「何を申し上げようか。 いや何とも申し上げようにない。 」と言う感じだが、「どうしてどうして・いや、なんの・なあに」などと訳す。 あだあだしく=シク活用の形容詞「あだあだし」の連用形、うわついている、誠実でない 聞こえ=ヤ行下二「聞こゆ」の連用形、世に知られる、噂される。 「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれたりもしており、「聞こゆ」には多くの意味がある。 たまは=補助動詞ハ行四段「たまふ」の未然形、尊敬語。 動作の主体である帥宮を敬っている。 作者(和泉式部)からの敬意。 ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形 はかなき=ク活用の形容詞「果無し(はかなし)」の連体形、たわいもない、とりとめのない。 はかない、頼りない。 「はか」どることが「無い」というのが語源だと考えられる。 「なあに、(帥宮は)まだ浮ついたうわさもされていらっしゃらないので、とりとめのない和歌でも(差し上げよう)。 」と思って、 薫(かを)る香(か)に よそふるよりは ほとどぎす 聞かばや同じ 声やしたると よそふる=ハ行下二段動詞「寄そふ・比そふ」の連体形、関係づける、かこつける。 なぞらえる、比べる ばや=願望の終助詞、接続は未然形 や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び し=サ変動詞「す」の連用形、する たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。 係助詞「や」を受けて連体形となっている。 係り結び (橘の花の)薫る香にかこつけて(為尊親王をしのぶ)よりは、ほととぎすの鳴き声のように、あなたの声を聞きたい。 (為尊親王と)同じ声をしているかどうかと(思うから)。 と 聞こえさせ たり。 聞こえさせ=サ行下二動詞「聞こえさす」の連用形、「言ふ」の謙譲語。 動作の対象である帥宮を敬っている。 作者(和泉式部)からの敬意。 たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形。 と申し上げた。 続きはこちら 問題はこちら lscholar.

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「無名草子:文」3分で理解できる予習用要点整理

清少納言と紫式部 品詞分解

「無名草子:紫式部(繰言のやうには侍れど)」の現代語訳 「繰 くり言 ことのやうには侍 はべれど、尽きもせず、うらやましく、めでたく侍るは、大斎院より上東門院へ、 「同じことを繰り返して言うようではありますが、尽きることもなく、うらやましく、すばらしゅうございますことは、大斎院から上東門院(彰子)に、 『つれづれ慰みぬべき物語や候 さぶらふ。 』と尋ね参らせさせ給 たまへりけるに、 『退屈を慰めることができる物語はありますか。 』とお尋ね申し上げなさった時に、 紫式部を召して、『何をか参らすべき。 』と仰せられければ、 (彰子が)紫式部をお呼びになって、『何を差し上げたらよいかしら。 』とおっしゃったので、 『めづらしきものは、何か侍るべき。 新しく作りて参らせ給へかし。 』と申しければ、 (紫式部が)『目新しいものは、何かございましょうか。 (いや、何もございません。 )新しく作って差し上げなさいませ。 』と申し上げたところ、 『作れ。 』と仰せられけるを承りて、 (彰子が)『(それでは、あなたが)作りなさい。 』とお命じになったのをお引き受け申し上げて、 源氏 げんじを作りたりけるとこそ、いみじくめでたく侍れ。 」 『源氏物語』を作ったというのは、とてもすばらしいことでございます。 」 と言ふ人侍れば、また、 と言う人がいますと、一方で、 「いまだ宮仕へもせで、里に侍りける折、かかるもの作り出 いでたりけるによりて、召し出でられて、それゆゑ紫式部といふ名は付けたり、とも申すは、いづれかまことにて侍らむ。 「(紫式部が)まだ宮仕えもしないで、自宅におりました時、このようなもの(『源氏物語』)を作り出していたことによって、(彰子のもとに出仕するよう)召し出されて、そのために(『源氏物語』の登場人物にちなんで)紫式部という名を付けた、とも申しますのは、どちらが本当のことなのでしょうか。 その人の日記 にきといふもの侍りしにも、 その人の日記(『紫式部日記』)というものがありましたのにも、 『参りける初めばかり、恥づかしうも、心にくくも、また添ひ苦しうもあらむずらむと、おのおの思へりけるほどに、いと思はずにほけづき、かたほにて、一文字 いちもんじをだに引かぬさまなりければ、かく思はずと、友だちども思はる。 』などこそ見えて侍れ。 『参内した初めの頃は、(私のことを)気後れするほどりっぱでもあり、おくゆかしくもあり、そして付き合いにくくもあろうと、(周囲の女房たちは)めいめい思っていたところ、(実際の私は)全く意外にもぼんやりしていて、未熟者で、一という文字をさえ書けない様子だったので、こうとは思わなかったと、友達(の女房たち)は思っておられる。 』などと見えて(書かれて)おります。 君の御ありさまなどをば、いみじくめでたく思ひ聞こえながら、つゆばかりもかけかけしくならし顔に聞こえ出でぬほどもいみじく、 主君のご様子などを、とてもすばらしいとお思い申し上げながらも、少しもいかにも気のある様子でなれなれしく書き表し申し上げていない点もりっぱで(ございます)、 また、皇太后宮の御事を、限りなくめでたく聞こゆるにつけても、愛敬 あいぎやうづきなつかしく候ひけるほどのことも、君の御ありさまも、なつかしくいみじくおはしましし、など聞こえ表したるも、心に似ぬ体 ていにてあめる。 一方、皇太后宮(彰子)の御事を、このうえなくすばらしいものと書き申し上げるにつけても、(紫式部が)愛らしく親しくお仕えしていた当時の(彰子の)ご様子も、主君のご様子も、親しみやすく(、また、)りっぱでいらっしゃった、などと書き表し申し上げているのも、(紫式部の控えめな)心に似つかわしくないことであるようだ。 かつはまた、御心柄なるべし。 」 (これは)あるいは、(道長や彰子の)ご性格(にもよるもの)なのだろう。 」 脚注• 五十七年にわたり賀茂 かもの斎院を務めた。 君 藤原道長 ふじわらのみちながのこと。 彰子の父。 皇太后宮 彰子のこと。 出典 紫式部 むらさきしきぶ 参考 「精選古典B(古文編)」東京書籍 「教科書ガイド精選古典B(古文編)東京書籍版 2部」あすとろ出版.

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紫式部日記 品詞分解

清少納言と紫式部 品詞分解

紫式部日記(和泉式部について) 紫式部 和泉式部といふ人こそ、面白う書 き交しける。 されど、和泉はけしから ぬ方こそあれ。 うちとけて文走り書き たるに、そのかたの才ある人、はかない言葉のにほひも見え侍るめり。 歌はいとをかしきこと、ものおぼえ、歌のことわり、まことのうたよみざまにこそ侍らざめれ。 口にまかせたることどもに、かならずをかしき一ふしの、目とまる詠み添へ侍り。 それだに人の詠みたらん歌なん、ことわりゐたらんはいでやさまで心は得じ。 口にいと歌の詠まるゝなめりとぞ、見えたるすぢに 侍るかし。 恥づかしげの歌よみやとは覺え侍らず。 【口語訳】 和泉式部という人は、趣深く手紙のやり取りをした人である。 それにしても、和泉は、 自由奔放に恋愛をして 感心できない面があるが、気軽に恋文を走り書きしたときに、文章の方面の才能が見える人で、ちょっとした言葉の艶やかな魅力が現れるようだ。 和泉式部の 歌は趣向を凝らしてある。 しかし、歌の知識や歌の優劣についての 審美眼はなく本当の歌の詠み方ではないようだが、口にまかせた言葉に、必ず趣向を凝らした部分が、目につく詠み方を加えている。 それでも、他の人が詠んだような歌を 和泉が 非難したり優劣を判定していたとしたら、いやそれほど 歌についての 理解は深くない、本当に口をついて歌が自然に詠まれるようだと、分かるような歌風である。 気恥ずかしく思うような立派な歌人だなとは思えない。 それぞれの性格がわかりおもしろい。 その真偽のほどは定かではなく、後人の補筆説さえある。 しかし、千年以上も前の出来事を、想像する材としては面白い。 ところで、紫式部が仕えていた中宮彰子は、このとき出産のため土御門殿に退出していた。 ああ、また想像をかきたてられてしまう。 平成26年8月3日記 紫式部日記(清少納言について) 紫式部 清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人。 さばかりさかしだち、真名(まな)書きちらしてはべるほども、よく見れば、まだいとたらぬこと多かり。 かく、人にことならむと思ひこのめる人は、かならず見劣りし、行くすゑうたてのみはべれば、艶(えん)になりぬる人は、いとすごうすずろなるをりも、もののあはれにすすみ、をかしきことも見すぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにもなるにはべるべし。 そのあだになりぬる人のはて、いかでかはよくはべらむ。 【口語訳】 清少納言といえば、得意そうな顔をして我慢のならない人。 あれほど偉そうに漢字をおおっぴらに書いてはいるが、よく見れば、まだまだ不十分な点がたくさんある。 このように、他人より一段と秀でようと思い、そうしたがっている人は、いつか必ず見劣りし、将来は悪くなるばかりだから、風流を気取るくせがついた人は、ひどくもの寂しく何でもない時でもしきりに感動しているようにふるまい、興味あることも見過ごさないようにしているうちに、自然によくない浮ついた態度にもなるのである。 そんな浮ついた人は将来、よいことはないはずだ。 清少納言は、非常に天真爛漫な感じがする。 一方、紫式部は、うじうじしながら陰で批判する鬱屈した性格だったのではないか。 華やかな宮廷文学の一場面である。 平成26年8月2日記 紫式部日記(赤染衛門について) 紫式部 丹波守の北の方をば、宮、殿などのわたりには、匡衡衛門(まさひらえもん)とぞ言ひはべる。 ことにやむごとなきほどならねど、まことにゆゑゆゑしく、歌詠みとてよろづのことにつけて詠み散らさねど、聞こえたるかぎりは、はかなき折節のことも、それこそ恥づかしき口つきにはべれ。 ややもせば、腰はなれぬばかり折れかかりたる歌を詠み出で、えも言はぬよしばみごとしても、われかしこに思ひたる人、憎くもいとほしくもおぼえはべるわざなり。 【口語訳】 丹波守の北の方を、中宮様や殿などのあたりでは、匡衡衛門(赤染衛門)と呼んでいる。 特に優れた歌詠みではないが、まことに風格があり、歌人だからといってどのような場面にも歌を詠み散らすことはないが、世に知られている歌はみな、ちょっとした折節のことも、それこそこちらが恥じ入るほどの詠みぶりである。 ややもすれば、上句と下句とがばたばらなほど離れた腰折れ歌を詠み出して、また何ともいえぬ由緒ありげなことをして、自分一人悦に入っている人は、憎らしくも気の毒にも思われることだ。 赤染衛門は、平兼盛の娘で大江匡衡の妻であった。 赤染衛門については、「恥づかしき」(こちらが恥ずかしくなるくらい素晴らしいという意味)歌詠みと表しているが、清少納言に付いては、手厳しい。 「ややもせば、腰はなれぬばかり折れかかりたる歌を詠み出で、えも言はぬよしばみごとしても、われかしこに思ひたる人、憎くもいとほしくもおぼえはべるわざなり。 」 とは、清少納言のことである。 両頭相容れない確執の帰結である。 本文に「宮」とあるが、中宮彰子(しょうし)のこと、関白藤原道長の娘である。 紫式部は、彰子に仕えていた女房であった。 一方、清少納言は、中宮定子の傍にいた。 二人は、同時期に宮廷にはいなかったが、そのライバル関係は十分に推測できる。 紫式部とは、宮仕えをした時の女房としての呼び名である。 当時の女性の本名は、皇女、皇妃など公的な立場にいた者以外はほとんど伝わっていない。 「紫」は、父藤原為時の姓「藤」が紫とゆかりのある色だから、「式部」は、為時がかつて「式部丞(しきぶのじょう)」という位であったからという説などがある。 平成26年8月1日記.

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