夢に描かれるの待ってた。 『白銀の墟 玄の月』小野不由美 十二国記シリーズ18年ぶりの長編新作

YOASOBI「あの夢をなぞって」物語をなぞって生まれた甘酸っぱい感情

夢に描かれるの待ってた

魅力的な王子様たちとプリンセス(プレイヤー)の物語を描くジークレストの女性向けパズルRPG 「夢王国と眠れる100人の王子様」(以下,「夢100」。 王子様たちと素敵な思い出が作れて,専用のノベルティもゲットできる本コラボの模様を,フォトレポートでお届けしよう。 来館したプリンセスたちが安心して過ごせるように,検温の実施,マスクの着用ルールのほか,ホテル内の各所に消毒液が設置されているなど,感染症の予防対策がされていた 今回宿泊できるコラボユニット(客室)は, アヴィ,アピス,オリオン,カゲトラ,キエル,ギルバート,グウィード,ゲイリー,砕牙,ジェルバー,テオドール,ドロワット,ハク,フリュー,ルシアンがデザインされた全15室だ。 予約時に王子を指名することはできないので,誰のユニットになるかはホテルに着いてからのお楽しみ! コラボフロアに到着すると,桜花とシンが出迎えてくれる ユニットは,ソーシャルディスタンスを保てるよう,宿泊スペースが隣接しないように配置されていた ユニット内の天井と壁には各王子のイラストが描かれているだけでなく,かわいいミニキャラのパネルも設置されており,ユニット内に入るだけで王子たちに見守られているような気分が味わえて,ついドキドキしてしまった。 「カプセルホテルは狭そう」というイメージを持つ人もいるかもしれないが,ユニット内は座った状態でくつろげる広さがあり,また清潔感もあるため,のんびりと休める造りになっているのでご安心を。 5周年記念の衣装に身を包んだアヴィたちや,「秘密のナイトブライダル」の登場王子たちがプリンセスの訪れを待っている チェックイン時に渡されるアンケートに答えると,ユニット内に飾られているミニキャラパネルが抽選で当たるプレゼント企画も開催中だ 館内には荷物を保管する専用ロッカーがあるため,ユニット内には貴重品など最低限の荷物の持ち込みだけで済むのも嬉しい。 ちなみに,このロッカーの中に,王子たちから贈られたバラの花束が入っていることがあるそうだ。 これは1日1人だけ選ばれる「当たり部屋」キャンペーンの演出で,花束を持ってフロントに行くと,景品として 「ICカードステッカー」を受け取れる。 Twitter投稿キャンペーンでも同じ景品をゲットできるので,ぜひコラボユニットなどの写真とともに感想や作品愛をツイートしよう。 コラボプランの宿泊者は,王子たちのパネルが飾られた専用ラウンジを利用することも可能だ。 密を避けるために座席の間隔が広くあけられ,コミュニケーションを取る場というよりも,1人の時間をじっくり楽しむ作りになっていた。 館内はフリーWi-Fiも完備されているので,王子たちに見守られながらアプリを遊ぶのもアリだろう。 「夢100」への熱い想いは,ラウンジ内のコミュニケーションスペースに書き込むべし! 宿泊特典のノベルティとして, 「アクリルスタンド付ボトルキャップ(全15種類/ランダム)」1点と, 「ポストカードサイズステッカー」2枚がもらえる。 さらに宿泊者を対象に, 「ハンガー型アクリルパネル/6000円(税込)」の受注販売も実施されている(商品の受け渡しは約1か月後)。 絵柄はアヴィ,アピス,オリオン,カゲトラ,キエル,ジェルバー,ドロワット,フリュー,ルシアン,砕牙の10種類で,1泊につき5個まで購入可能だ。 また,1階のフロントにて「ドラマCD 5周年プリンスパレード」など,「夢100」グッズも販売されている。 こちらはコラボ宿泊プランの利用者以外も購入可能だそうだ。 本コラボは,現在も宿泊予約を受付中とのこと。 すでに満室の日もある人気企画のため,空室やキャンセル状況は「秋葉原BAY HOTEL」の公式サイトで確認したうえで,早めに予約するのがオススメだ。

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「青春ブタ野郎」シリーズ

夢に描かれるの待ってた

1960年代の、デンマークでの児童養護施設の秩序主義、権威主義的養護の実態と施設内虐待の実態を描いた映画です。 映画としてもスリル満点。 一瞬脱力させてくれるところもご愛嬌。 あらすじは、他のレビュアーが書かれていますから、割愛。 気が付いた点をいくつか。 冒頭、万引きをしたエリックとエルマーが捕まって、呼び出された母が弁明するところ、「男と同じ仕事をしているのに女の賃金が低いから」抗議します。 なんだよ、今の女性の貧困の話かよ、と思いますが、これが当時に実情を参考に作られたセリフだとしたら、今の日本は60年前のデンマークか?と呆然とします。 それと、所長が最後まで子供のため、とこだわって、エルマーに分かったと言わせようとするところ。 自分が子供を矯正する責任を負っているという強烈な勘違い、これは虐待する親にも共通するところであり、本質を鋭くついた脚本であると唸らざるを得ません。 それは、エルマーが自分がなりたいものは「宇宙飛行士です」と言った途端にビンタが飛ぶという強烈な演出にも表れています。 子どもが主体的に夢を語ることは矯正に値することなのです。 盛んに食事中に私語を禁止しようとする光景が描かれます。 確かに授業中の私語は大体ロクでもない話ですから、授業を受けたい子供の邪魔になることもあり、まあ注意されてもやむをえんかとも思いますが、私語を禁止する光景が描かれるのは必ず食事場面です。 権威主義者にとって一番簡単に秩序維持感を満足させるからでしょうね。 深く研究された脚本だと思います。 しかし今時の日本でも、東京都の一時保護所が似たようなことをしていたと明るみに出ました。 子どもを指導・矯正の対象としか見られない人間は子ども相手の仕事をしてはいけないのですよ。 でも多いんだよなこれが。 ということで、このような映画をプライムで見れるようにしてくれたAMAZONの見識にも悔しいけど感謝せざるをえませんな。 デンマーク製のドラマ。 1967年、児童施設に送られた兄弟が体罰や理不尽な虐待に耐えながら希望を捨てずに生きてゆく姿を描いたドラマ。 人類が間もなく月に降り立つだろうという時代の一方で非人道的行為が罷り通る現実が描かれていた。 親から見捨てられた子供たちが大半の養護施設。 校長以下、教師らは施設の少年たちの特性を見極め生かすなどせず、ただ単純労働、肉体労働者かよくて職人に育て上げれば良し、としか考えていない。 エリックとエルマー兄弟の地獄のような施設での生活。 禁止されている筈の体罰が罷り通っている。 狂気としか思えない校長の言動。 性的虐待をする教師の存在。 夢を持つことも許されず、問答無用の暴力。 死んだ魚のような眼の少年たちに活力が感じられるのは仲間を苛める時くらいだ。 校長のサディスティックな性癖が乗り移ったようにしか見えなかった。 ただ一人の味方だと思っていた教師ハマーショイにも裏切られ、兄弟に味方する者はいなくなった。 15歳になっても施設から解放されないことを知ってエリックは強硬手段に出たがその結果意識不明の重体にされてしまう。 意を決したエルマーによって検査官に施設の実態が露見し、兄弟はそしてほかの少年たちも施設から解放された。 兄弟を演じた子役、他の少年たちも見事に演じていたと思う。 無邪気だったエルマーが兄のために校長らと戦う決心をするまでに成長するところは素晴らしかった。 出演者は「THE KILLING」のソフィー・グローベールが教師のハマーショイ役、校長にマッツ・ミケルセンの兄ラース・ミケルセン(頭のてっぺん以外はよく似ている)。 このようなドラマは演じていた大人の役者たちも精神的に大変だったのではないかと思う。 脚本、演出は丁寧で撮影は凝ったものであった。 ただ母が亡くなった知らせを受けたエリックの様子に他の少年たちが気付いたのに勘のいい筈のエルマーが気付かなかった場面は不自然に思えた。 時間経過が分かりにくかったが、「ツァラトゥストラはかく語りき」(「2001年宇宙の旅」のテーマ曲として使用)のレコードを掛けた事で1968年になっていることが分かった。 終盤近く、エルマーが一人で外出し、自由な「外の世界」に触れ感動する場面は良かったが、もう少し尺をとっても良かったのではないかと感じた。 児童虐待は今も耳にするが俺の子供時代には一般の学校で児童に暴力をふるう教師はざらにいて、親もそれが当たり前だと思っており問題になる事ほとんど無かった。 日本で子供の人権を守る意識が高まるようになったのはつい最近になってのことである。 最も親も学校も子供に手を出さなくなった代わりに戸塚ヨットスクールのような施設が現れてきた。 体罰と躾の境界線がどこにあるか、線引きすることは難しいものである。 レビューとただの感想が違うということを理解できない連中、どうにかならんのか? 一応、ゆるいハッピーエンドではあるものの、報復感情の伏線も多くが回収されないため、観た後にとてつもない不快感が残る映画です。 時代背景が1960年代ということで、たった半世紀ほど前の事実に基づいた内容ということにも驚かされます。 ヘック校長以下は、本来は特に悪人というわけでもなく、その場の空気にしたがっただけの「陳腐で凡庸な悪」なのでしょうが、彼らこそが最も罪深いと感じました。 思えば、わずか十数年前まで、欧州は大戦で血で血を洗う殺し合いをしていたわけで、子供の人権などというものが普遍的なものとして意識されはじめたのは、ごく最近のことと考えるべきなのでしょう。 映画の最後にもありましたが、長期にわたって強烈な恐怖体験をしたエルマー・エリックはじめ子供たちのその後の人生への影響ははかりしれず、彼らのモデルとなった実在の方々が、現在どのように過ごされているのか、案じずにはいられませんでした。 事実を基に作られた、ら・し・い・けど、実感としては「ふ~ん」と 言う感じで終わってしまった。 でも、こういったお涙頂戴物って昔から日本人は好きだよねぇ。 それが評価に反映されていると思います。 私も好物です。 最後はハッピーエンドで、娯楽映画として正しい終わり方だと思います。 これって兄弟のストーリーではあるけど、語りは同じ養護施設にいた 別の少年と言う、ちょっと俯瞰図的な見方をした作りになっている辺り は成功しているなと思った。 何故星5つでないか・・・それは、最後に二人とも助かってしまったから。 ここはストーリー的には、やっぱりどちらかが死んでしまって養護施設の 職員がその責任を問われて全員悪事が明るみに出て処分されるところまで 行ったら星5つでした。 まあ・・・事実を基にしているということで、実際二人とも助かったん だろうから、それはそれで良かった思うけど、ドラマ性にはやっぱり ちょっと弱いよね。 体罰による教育方法は間違ってるが正しい事もある。 生活苦や病気で亡くなった人達に本気で同情する。 しかし、 引きこもりや働く意欲の無い日本人を生み出す日本の教育方法や子育てもどうかと思う。 親の理由で離婚した、母子家庭・父子家庭にも問題あると思う。 親のエゴイズムで、生活苦になるのが嫌なら、離婚しなければいいし、 文句があるなら、補助金や手当ももらうな。 言い訳にしか聞こえない。 自分で稼げ。 「子は宝」一番に子供の事を考えるべきだと思う。 好きで結婚した者同士だが、結婚後に嫌いになる。 そんな未来も想像できずに恋愛や結婚する事自体が浅はかで、 対処が出来ないから我々の税金が引きこもりや生活保護に利用される。 時代背景もあるが、 今の日本では 病気になって死んでも財産は残せる。 日頃からその準備をしないから、 親が居なくなった時に苦労するのだと思う。 日頃から、 散財・贅沢せずに、 必死で子を守り、寄り添ってあげて、 一人前の大人に育てる義務と責務が親にはあると思う。 体罰は必要悪だったのか!? 反発精神、、、、 反骨精神、、、、 強くたくましい子供だった、、、、.

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【4時間試遊レポ】『サイバーパンク2077』は夢のゲームではなく、夢を見させてくれるゲームだ

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眠るってとっても幸せですね。 まだまだ空気が冷たいこの季節はとくに、お布団のあたたかさが恋しいものです。 絵本のなかでも「眠り」は数多く取り上げられるテーマです。 今回は、絵本教室主宰の中川たかこさんに、その中に込められたメッセージを読み解きながら紹介いただきました。 中川 たかこ 主宰 創作えほん教室主宰19年目。 高校、中学、専門学校などでえほんの読み解き方、えほんの創り方の講師として活動中。 眠い子どもと大人すてきな関係 「あっ、そこで寝ないで!」というところで寝てしまったり、「もう寝なさい」と言っても寝なかったり・・・絵本の世界にも、そんなこどもたちの日々が描かれていますよ。 子どもたちにとって、眠ることは特別なこと。 ただ、目を閉じるだけではないのです。 子犬のクークー、パリに住む少女、そして小さなライオンの子・・・さて、どんな「眠り」のメッセージが読み取れるでしょうか? 【眠るからこそ、目覚める意味がある】 子犬のクークーは、いつもねむたい、どこでもねむたいおとこのこ。 勉強していても、おてつだいをしていてもうとうと寝てしまいます。 勉強やお手伝いの最中に寝てしまうのは、だれでも経験があることだろう・・・と思いますよね。 ところがクークーは、遊んでいてもごはんをたべていても、うとうとと寝てしまうのです。 目の前にごちそうや、美味しそうなお菓子があってもクークーを起こすことはできません! 寝てばかりのクークーを、どうにかして友だちと遊ばせてあげたいと思っているパパとママはすっかり困ってしまいます。 そんな毎日でしたが、変化はあるとき急に訪れます。 なんと、寝ながら歩いていたクークーは木にぶつかってしまうのです。 そこからがたいへん。 あんなに眠ってばかりだったクークーが、今度はまったく眠れなくなってしまうのです。 作家の吉本ばなな氏も高校生の間じゅう、ずっと寝ていたとのこと。 まさに三年寝太郎で、卒業後、突然小説を書き始めたんだそうです。 この、思春期特有の睡眠欲求のことを、臨床心理学者の河合隼雄先生が「さなぎの季節」と名付けてみました。 眠りのなかでこどもが成長していくだいじな時期である。 だから、さなぎのあいだは、大人が見守り、羽化するのを待ってあげることが重要であると。 この絵本はこのふたつのエピソードを思い出すきっかけになりました。 こどもにとって、寝る、眠るというのは、想像力を羽ばたかせる時間や、あるいは一日の気持ちの整理や、大切なことがつまっていると思います。 日々、変化のある思春期であるならなおのことでしょう。 そして、ある時期がきたらとつぜん、ぱっと目が覚めるのです。 クークーがどしんと木にぶつかったときのように。 眠りがあるからこその、目覚め。 そこには深い意味があると思います。 【おませな少女の優しい夜】 今江祥智先生の翻訳が素晴らしい、パリに住む少女の夕方から眠るまでの数時間を描いた絵本作品。 作家はアン・グットマンとゲオルグ・ハレンスレーベン・・・リサとガスパールの作者です。 彼らはキャラクターもので有名ですが、画家のハレンスレーベンはパリの夕暮れや、何気ない日常を描きたいと希望していたと翻訳を受けた今江祥智先生からお聞きしたことがありました。 そのことを聞いてから数年後、出版されたこの絵本を手に取ることができました。 版型も大きく、見開きで57センチの大画面に描かれた、パリの慌ただしくもリアルな人々 の生活や、そこで成長していく一人の少女のとある夜。 画家のハレンスレーベンがずっとこれを描きたかったのだろうと思われる風景は、暖かい色使いと、暮れ 行く街に灯る街灯の明かりから伝わってきます。 4歳から5歳くらいと思わしきおませな主人公の少女は、ホームパーティーの前にベッドでおやすみなさいと言われます。 大人と子どもがはっきり分かれているフランスらしいストーリーの流れですが、だからといってさっさと寝なさいではなく、ちゃんとパパとママが交代で絵本を読んでくれたり、寄り添ってくれます。 その前にはもちろん、まだお絵描きしたいの、ぬいぐるみを持ってきてほしいのと可愛らしいわがままも言います。 今江祥智先生の翻訳は、語尾に付く 母音の長音表現が特徴的で、「おおいそぎできがえなくっちゃあ」「わたしが寝つくまでいてくれるっていってたのにィ」など、少女のおませな性格や、幼さが伝わってくる愛らしい言葉づかいになっています。 声に出して読むと、そのやわらかな発音に、やさしい気持ちになります。 ゆるやかな夜、部屋の向こうは大人たちのパーティー、おませな少女はそこに入りたいのだけれど、寝心地のよいベッドで、明日のことを考えながらゆるやかに眠りにおちていきます この眠りに孤独はありません。 それは、描かれた少女の幸福そうな頬のふくらみや、暗闇なのに、温かみを感じる青い夜の表現から伝わってきます。 【眠りと平和】 この絵本は1947年につくられたもので、日本では2009年に出版されました。 写真でつづられる絵本の中で、モノクロのものは現代ではめずらしいのではないかと思います。 しかし、モノクロであることを忘れそうになるほど主人公のライオンの子は生き生きと動き、あたたかな公園の陽の光を感じることができます。 絵本のことばは、「おやすみなさいおつきさま」のマーガレット・ワイズ・ブラウン。 翻訳は、イーラの写真に惚れ込んだとあとがきに書いてらっしゃる、ふしみみさお氏。 ひらがなのみの、みじかいことばの中に、ライオンの子のなんとも甘えんぼうで、こわいもの知らずな様子が表現されています。 ある日、冒険がしたくなった動物園のライオンの子は、お母さんに「くらくなるまでに かえってくるからね」と出かけて行きます。 おかあさんはすぐに眠くなってしまう我が子が心配で引き止めますが、いますぐいきたいんだと決心のかたい彼を止めることはできません。 さあ、冒険のはじまりです! はりきって外に出たライオンの子は、犬に会ったり猫に会ったり、さらには人間の子に拾われたりします。 そのたびにうつらうつら・・・そしてすやすやと眠ってしまいます。 その様子がとても平和に描かれており、誰と居ても、どんな場所でも、安心して眠っていいんだよと言われているかのようです。 絵本が出版されたのは第二次世界大戦のすぐあとというところから、わたしはゆっくり平和に眠ることの幸せ、そしてそれを子どもたちに提供してやれる環境の大切さをひしひしと感じました。 おだやかに眠れるというのは、安全が約束されているからこそ。 このライオンの子のように、自由に冒険ができて、種類の違う動物、人間とも仲良くできることの幸せ。 この絵本で描かれている眠りは、単純に目を閉じて眠るという行為だけでなく、それができる平和への願いを強く感じるのです。 絵本の中に出て来る眠りは、じっくり掘り下げるとたくさんの意味を持っていると気づかされます。

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