進撃 の 巨人 映画 評価。 進撃の巨人 ATTACK ON TITANのレビュー・感想・評価

【ネタバレ注意】実写版 進撃の巨人 後編「明らかにおかしいだろ」って思ったこと30連発

進撃 の 巨人 映画 評価

2017年4月からアニメ2期も放送されている大人気漫画『進撃の巨人』。 しかし、そんな『進撃の巨人』にも、黒歴史と言える実写映画が存在してしまっています。 『CGが酷い』 『俳優の演技が酷い』 『設定も雑』 など、様々な酷評が飛び交い、巻き返しを図った前編・後編いずれも酷評の嵐となっています。 筆者はそもそも、漫画やアニメの実写化に大反対している立場なので、この結果は当たり前だろうと思っていますが…。 では、なぜ実写映画の『進撃の巨人』後編は、評価が悪いのか? 本記事では、実写映画『進撃の巨人』後編の口コミ評価レビューに触れながら、評価が悪い理由を探ってみます! [adsense] 実写映画『進撃の巨人』後編も評価が悪い 大人気漫画であり、アニメ化もされた『進撃の巨人』。 今の時代、人気の漫画やアニメがあるとすぐに実写化したがりますよね。 そして、原作破壊や、再現をしようとするも、低クオリティなCGなどで批判続出という結果を招く… これはもはや恒例行事になっているような気がします。 この『進撃の巨人』もその例に漏れず、残念なことに、実写化の毒牙にかかってしまいました。 今でこそ、この『進撃の巨人』を上回る、 「ネタ要素を排除した実写版『デビルマン』だな」 という実写化映画最底辺の称号を手にした『テラフォーマーズ』があるものの、この『進撃の巨人』も、公開当初はそれに等しい評価を得ていました。 もちろん、実写化が成功する例もあるのですが、それはあくまでも学園もののような、現実世界で繰り広げられるような作品に限ります。

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「先入観なく見れば普通の日本映画」進撃の巨人 ATTACK ON TITAN かとうさんの映画レビュー(ネタバレ)

進撃 の 巨人 映画 評価

「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」40点 (100点満点中) 監督:樋口真嗣 原作:諫山創 出演:三浦春馬 長谷川博己 水原希子 映像面の優位を活かせぬもどかしさ 「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」は、マンガをそのまま実写にするといろいろとリアルじゃなくなるから、そうならないよう時には大胆に変えていこう、とのコンセプトで作られたそうである。 なるほど、原作者自身も関わって脚本づくりなどを行った理由としては、それは大いに理解できる。 そういうことなら大幅な改変もやむを得まい。 100年以上前、あらわれた巨人に人々は食われ、滅びかけたという。 いまや、残った人類は高い3重の壁の中でひそかに暮らしている。 それでも外の世界が気になる冒険心あふれるエレン(三浦春馬)を、優しいミカサ(水原希子)はいささかの心配を持って見守るのだった。 そんなとき、衝撃とともに壁の向こうに何かが現れる。 本作の大きな問題は、そのようなコンセプトで作られたはずの実写版が、原作漫画より漫画チックになっている点である。 ほとんど唯一、石原さとみ演じるハンジだけはバカ度が突き抜けていて面白いが、それ以外のキャラクターやストーリー、演出には痛々しさが激しく感じられて見ていられない。 漫画を実写化したらラノベになりました、ではいくらなんでも狙いと違うのではないか。 たとえばリーダーの石原さとみが出撃直前、「巨人たちは音に敏感だからしゃべるな、叫ぶくらいなら舌を噛め!」とブリーフィングしてくれるのだが、なぜエレンはじめ兵隊たちは進軍しながらペチャクチャと無駄話をし続けているのか。 もちろん訓練不足の寄せ集めという設定なのはわかる。 だが1分前のおかあさんのいいつけレベルも守れないのはそれ以前の問題だろう。 調査兵団は2歳の赤ちゃん以下か。 いつこのおバカさんたちの声を聴きつけて巨人がやってくるか、気が気でない観客をさらに驚愕させる出来事が起こる。 長谷川博己演じる無敵のシキシマ隊長が、なぜか平均台遊びをしながら戦いの極意をエレンに教える場面である。 ここでシキシマ隊長は、涼しげな顔でりんごを食いながら、おまえのオキニは俺のセフレだよーん、と唐突かつ意味不明な自慢を始める。 展開が素っ頓狂すぎて、すでについていけない観客とは裏腹にエレンはブチギレ、まわりは巨人の巣だというのに全力で叫び出してしまう。 うわあああ、僕の彼女がぁ!! すわ巨人化かと思いきや、別の女に「そんな大声出して、あんた巨人をおびきよせるつもり?」などとたしなめられると一瞬ではっと我に返る。 おいおい随分冷めやすい怒りですな。 ……どこをどうみても、1ミリたりともあり得ないドラマ演出だが、ほかの連中も負けてはいない。 たとえば人類の行く末をかけた作戦中になぜかセックスをおっぱじめて、その隙を巨人に襲われるとか、何をどう考えたらそういうキチガイじみた筋書きになるのか、必然性も面白味もまったく感じられず、ただただ唖然とするほかない。 こういう事は細かいように見えるが、観客の共感を大きく阻害する。 かように空気を読めない演出とシナリオが積み重なると、だんだんイライラがつのってきて、頼むからこのバカ集団を早く食っちまってくれと巨人に肩入れしたくなる始末である。 これはいくらなんでも「進撃の巨人」としてはまずいだろう。 しかも彼らバカたちを、作り手はバカとして描いているわけではないようなのである。 先ほどのエレンにしても、部隊全体を危機にさらしたのだから、軍法会議的には死刑に値するチョンボである。 なのにその件でクレームをつけた軍人少年を、エレンはケンカでのしてしまう。 映画上では、あたかも軍人少年のほうが悪役扱い。 ひどい話である。 本来、架空のお話にリアリティを出すには、現実にはあり得ない行動とかセリフ回しとか、そのあたりの地雷に敏感な、現実とフィクションの違いをかぎ分けるセンスが脚本家には必要である。 しかし本作のそれは、こうした脳内自己完結方式の展開や、フィクションの中だけで生きる人が考えたようなセリフばかり。 そうした違和感は、普通の観客でもなんとなく感じ取れるもので、それが痛々しさを感じたり、冷めてしまう原因となる。 作り手たちは、役者が日本人なのに外国名前なのはリアリティがない、などと思ってキャラ名を変えたりしたそうだが、そんなものは現実にはありえない立体機動装置と同じで、全く気にする部分ではない。 それらは「お約束」として観客はすぐに受け入れてくれる種類のものである。 この件だけでも、映画のリアリティというものを、彼らが誤解しているようで不安になる。 とはいえ……。 ここで書いた不満点はすべて高度な引っかけで、大どんでん返しが後篇「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド」(9月19日公開)に準備されている可能性は残っていると私は見る。 たとえば巨人の正体は、実はバカが極まった人類を淘汰しにきた正義の味方でしたとか、そういうオチだ。 だから私はこの映画を駄作とか、ダメ映画とはまだ呼ばない。 すべては作り手の手のひらの上で転がされているピエロ。 そんなふうに翻弄されたいというのが正直なところで、だから後篇には引き続き期待している。 なにしろ巨人の登場シーンは大迫力だし、スパイダーマンを彷彿とさせる立体機動の表現も頑張っている。 人間を食らうシーンはあえて嘘っぽい絵づくりにして残酷度を抑えた配慮も好感が持てる。 ただ、そうしたルックスの良さが、演出、演技、シナリオに足を引っ張られてしまい、恐怖や驚きも半減してしまったというだけだ。 だから、本作にはまだまだ挽回の目はあると見る。 頑張ってほしい。

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進撃の巨人 ATTACK ON TITAN : 作品情報

進撃 の 巨人 映画 評価

原作は好き(アニメは観ていない)だけど、実写映画化となると多少間引いて評価する心構えで鑑賞してみた。 設定が結構違う。 それはある程度仕方ない。 でも、登場人物の関係性が今一つわからない作りになっていた。 2部作の前編として、あそこで終わらせるのであればもう少し登場人物の背景なり関係性を見せてほしかった。 そして巨人と立体起動だが、個人的にこれの違和感がひどかった。 立体起動で飛び立つ瞬間に人間の身体がバタバタするのはリアルと言っていいのだろうか。 とても不格好に感じてしまう。 巨人の方も妙。 巨人の動きや周りの建物とのコントラスは、松本人志監督の大日本人を思い出した。 コントみたい。 シリアスな映画として受け止めることが難しかった。 原作全巻持ちで、アニメも全話見ています ova除く。 今まで見ようと思いながらも不評すぎるレビューの数々に恐れて見てきませんでした。 しかし、遂に決心して観ました。 感想 基本的に実写作品は否定しないで原作との比較を楽しんでいる方ですが、すみません。 今回はあえて厳しくレビューしていきます。 正直に述べます。 あまりの酷さに何もいいたくありません。 褒めるとすれば巨人のビジュアル。 不気味さが出ててよかったかな?しかし、この作品根本的に作品ジャンルが原作とは別物なのでそう解釈しての褒めポイントです。 原作の目線だと当然アウトです。 先程ジャンルが違うと述べましたが、原作は王道な熱い少年漫画のダークバトルファンタジーです。 そして映画ですが、冷め切ったバトルアクションものです。 ウルトラマン的な特撮バトルと意味不明な間延びの展開の数々。 特にミカサとシキシマ リヴァイの代役 には吐き気がしました。 何もいいたくないと言いながら不平不満をただ述べてしまいました。 総評 よくこんなものを世界発進の超大作と命名して公開しましたね!公開当時、この映画を楽しみに観に行ったファンの方へ、お気持ちお察しします。 原作に中途半端に似せる展開が続編で無くなっていることを期待して今回のレビューを終わります。 鑑賞後の感想は「早く続編のエンド・オブ・ザ・ワールドが見たい」だった。 特につまらないとは感じなかったし、グロくて楽しい!くらいだった。 今になって見てみると演技、CG、アクション、粗探しをしようと思えばいくらでもできるクソ映画だが、それでも嫌いになれない作品。 まず、超人気コミックを日本の技術と予算で実写化しようとした勇気と、挑戦の心を評価したい。 3重の壁を原作通りのピカピカなものでなく、現実的でリアルなボロボロの壁や、貧しい生活をしている人々、原作通りなグロさと巨人の気持ち悪さ、とてもリアルな世界観が自分はすごく好きだ。 そして映画オリジナルのキャラクターの設定や音楽もとても気にいっている。 超大型、鎧、女型、顎、獣、車力、戦鎚、始祖、そして進撃。 外様か能力を基にした特徴を示す名前の中で、進撃と始祖は異様な感じがする。 快進撃というが、先を読む力があれば快進撃するわけで、クルーガーの謎の未来予測やグリシャの謎の知識は、進撃の巨人の未来予測能力に起因する。 始祖は一番最初ということではなく、始まり、を意味し、過去の改竄を可能とする。 120話でそれが示された。 進撃は未来で、始祖は過去。 進撃の巨人は2000年の時を渡り、始祖ユミルの呪いを解くために、自由を求めて戦い続けた。 偶然、時空の扉を開いてしまったユミルは無垢なる生命に知恵の果実を与えてしまう。 知るという事は、求める事、自由を勝ち得ること。 そして同時に争いの元となる。 ユミルは、無垢の世界を破壊した罪を背負い、知恵という罪悪を背負った生命、人間、を再び無垢なる感情のない世界に戻すための責務に追われる。 無垢なるものを作り、無垢ではないものを無垢なる世界へと連れ戻す。 永遠の時間の中で自由を奪われ、巨人を作り続ける。 多重平行世界に共通する知恵と罪悪の象徴としてユミルは語り継がれる。 エレンフリッツは異世界から来たユミルを妻とし、三人の娘をもうける。 マリア、ローゼ、シーナ。 しかし、この世界では、13年の命しかないユミルは子どもの成長の中に死す。 エレンはユミルの復活のため、自らユミルの肉を食べ進撃の巨人となる。 三人の娘の他6人の部下も肉を食べた。 末っ子のシーナはユミルとの道を繋ぐ巨人となる。 しかし、シーナは過去を操り、他の巨人を争わせ、世の中を混乱させた。 進撃の巨人はローゼの力を借りてシーナを三重の壁の世界に閉じ込め、マリアの力にてシーナの力を壁外に漏れないよう封印した。 シーナは道の世界で無垢の巨人を作り、王家の血を引く特殊巨人の再生を繰り返し盲目的に行う。 ローゼは自己複製し、横並びに並んで硬質化して壁を形成し、シーナの壁外への脱出を阻む。 分身の一つは超大型巨人となる。 マリアは鳥と馬の化身、ペガサス。 まだその姿は未登場だが空と陸からシーナを監視している。 時に人型巨人として壁外を歩き、第1話には登場済み。 鎧、女型、顎、獣、車力、戦鎚は6人の部下が引き継いでおり、タイバー家は戦鎚を脈々と引き継いだ。 ユミルの解放は、未来予測から2000年後と知ったエレンはその時に向けて転生を繰り返し、戦いを続ける。 コントロールの効かない始祖の巨人シーナの封印後、ようやくクルーガーとなり、グリシャを通じて、最後の転生エレンを壁内に誕生させた。 最終目標のため、ヒストリアの産む赤子がユミルとして転生するときに、巨人の力を完全に無効化させ、ユミルに本当の自由を与える。 グリシャの過去に介入して、レイス王家を父親のみ残してヒストリアを産ませる。 レイス父はそもそも、子を産めない弟に始祖を引き継がせて、自分が王家の血を残す必要があった。 クルーガーにそばかすユミルを神として祭り立てさせ、壁外に無垢の巨人として放出し、アギトを喰わせてヒストリアを守らせて、かつ、ヒストリアを覚醒させた。 真のユミルの為にも王家の血をヒストリアのみにしなければならない。 また、ヒストリアを巨人にしてはならない。 その為にもう一つの王家の血を継ぐ者として、クルーガーにダイナとグリシャを引き合わせ、ジークを産ませ、クサバーを使ってジークに親を裏切らせた。 ヒストリアではなく、ジークを通じて道に入ることで、これらの過去介入をエレンは成功させる。 ジークとエレンは、実体化したシーナ巨人の腹を破って蘇る。 全てを知ったジークはエレンを殺そうとするが、瀕死から蘇ったリバイが門の穴から現れ、獣の巨人は倒れる。 進撃の巨人がジークを喰らう。 獣の無垢巨人操作はエレン継承により王家でないので消失。 鎧ライナーと顎ファルコはアニの救出に向かい、顎に破られて結晶から蘇ったアニ。 アニとアルミンの戦い、エレンとライナー。 顎ファルコは壁の巨人、ローゼを復活させてしまう。 ファルコはマリアに喰われ、ペガサスが姿を現わす。 アニは巨人化したミカサに喰われる。 シーナに操られる雌型ミカサ、鎧、無垢の巨人。 対する超大型アルミン ローゼと同化 、進撃、ペガサス。 第二次巨人大戦開始。 ミカサとアルミンの戦い、エレンとライナー、マリアとシーナ。 シーナの過去が明かされる。 シーナは進撃に喰われ、過去と未来が融合する。 ネタバレ! クリックして本文を読む 「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」二部作第1部。 二部作をイッキ観しました。 原作は既読です。 原作を読んでいるし、酷評している方々のお気持ちはよく分かります…。 巨人遭遇に伴うホラーな描写は、原作そのままというか、実写版ならではの恐怖演出でとても好感が持てました。 ですが、内容でいいなと思えたのはこれくらい…。 登場人物が日本人というのも舞台の下敷きが日本ということなので無理矢理納得できましたが、やっぱり日本人キャストにエレンだのアルミンだのは違和感の塊でしかない…。 潔くシキシマのように日本名にした方がまだマシでした。 無駄にエロ要素をぶち込もうとして来るのもいただけませんでした。 公開前からバッシング対策のためか、「原作を再構築した全く別の『進撃の巨人』です」みたいなことを原作者も樋口真嗣監督も仰っていました。 しかし予防線を張ったにも関わらず、公開と同時に非難轟々の嵐が吹き荒れました…。 それに反応した樋口監督のツイッターが大炎上したのを覚えています 笑 しかし、特撮ファンとしての目線に立って観ると、「何と素晴らしい映画なんだ!」と歓喜せずにはいられませんでした!! 本物と見紛うばかりにつくり込まれたミニチュア、着ぐるみを使った壮絶なバトルアクション、CGとの見事な融合…。 伝統を大事にしながらも、そこは「平成ガメラ三部作」で特撮界に革命を起こした樋口監督。 そのイズムを踏襲しながら、尾上克郎の手腕も混ざり合ったことで、ふたりの力が十二分に発揮されているなと感動しっぱなしでした。 巨人同士の戦いは、「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」を想起させるもので、興奮が止まりませんでした。 獣のように荒々しい肉弾戦の応酬は、これでもかという生々しい描写と共に、スクリーンから迫って来ました…。 諫山創も原作を構想する際に「サンダ対ガイラ」が念頭にあったというのはもはや有名なお話。 それを製作した東宝での実写化というのは、作者自身とても感慨深いものがあったのではないかなと妄想を逞しくする次第です 笑 ネタバレ! クリックして本文を読む DVDで鑑賞。 前評判 ひどい を見ていたので心してました。 原作とは別モノとして観なくてはいけないのも知ってました。 「ツッコミながら笑ってみようね」と夫と話して臨みました。 笑えなかった……!! ネタとして観るには生々しく、シナリオや演出があまりにひどい。 そしてグロい。 原作もグロいんだけど劇場版は過剰にグロい。 冒頭で映画館を出た人もいたでしょう。 そして登場人物、誰ひとりとして感情移入できない。 理解し難い。 エレンがただの女々しい男です。 あの謎の恋愛要素たちはいりますか!? エレンと女の子のエッチシーンいる!?あの意味とは! シキシマさんとミカサのあの意味ありげなシーンもいる!? てかなんであんなリンゴ食ってんだシキシマ! そして謎のヒップホップED。 他にもツッコミどころ満載なのに笑えないんだよ。 いやーびっくりしたすごかった… 悪い意味で。 あ、でも超大型巨人のCGは迫力あって、あそこは良かった。 後編は…観なくていいかな…。

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