ザ グレート サスケ。 ザ・グレート・サスケ(ざ・ぐれーと・さすけ)とは

成宮寛貴はザ・グレートサスケの息子に何した?ハラスメントの真相がヤバい!

ザ グレート サスケ

芸能界を電撃引退した元俳優の氏に対してつづったブログが物議をかもしているみちのくプロレスの覆面レスラー、が14日、横浜市内で報道陣の取材に応じた。 息子が成宮氏からハラスメントを受けたと告白した内容に相違はないとし、改めて「ブログに書いたとおりなんです」と断言した。 サスケは成宮氏の引退発表直後、自身のブログで「10年程前に愚息があなたから受けたハラスメントが真実だったって認める事になっちゃうじゃないですか?」と告白。 ストレートに言ってセクハラです、これはハッキリと言っていい」。 相手は成宮氏だとハッキリ言ったのかという問いにも「はい」と認めた。 成宮氏と息子の関係性については「仕事上の場で出会ったと聞いています。 初めて会った日のすぐの出来事だと聞いています」とした。 息子はその一件を原因として心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されたといい、現在は海外で療養中。 「ここ数年引きこもりのような状態で外部の情報を遮断している」と明かし、今回の騒動についての反応を問われると「全く無反応です。 知らないと思います。 話せる状況じゃない」とした。 「もちろん親ですから息子の言うことを100%信じたいけれど、その一方で冗談であってほしい。 いや冗談に違いないと思って10年余りを過ごしてきた」とこれまでの心境を語りつつ「ブログと重複しますけれど、突然『引退します』と言って姿を消されるようなやり方は私を含めて、皆さんも納得してない。 私は今まで陰ながらですが成宮さんを応援していました。 でもこんな辞め方をするならやはり納得がいかない」と不満を口に。 その思い、衝動からブログ掲載に至った。 「公表することでさらに息子が傷つくことは?」との声には「そういう見方もあるかもしれない。 それは私からすると涙が出るほどありがたい心配です。 ただ皆様がご心配なさってるようなレベルをもう超えちゃってるんです。 本当に大変なんです、そういった(PTSDを)発症した人の対処の仕方は。 心配は本当にありがたいけど、ただ皆さんの想像しているレベルのものではないですから…」と答えた。 今回の一件について「成宮さんを訴える気持ちはない」といい「私が表立って声を上げてしまった以上、ご本人の所属事務所のマネージャーさんとは話し合いの場を持ちたい。 私の真意をわかってもらいたい」と呼びかける一幕もあった。 一連の騒動について赤裸々に告白したサスケは、引退した成宮氏について「精神的にもおつらいと思う。 裏切りに遭ったと(引退発表の)本人の文面もありましたし、心身ともにダメージを負っている状態だと思う。 そういうダメージは時が解決すると思いますので、いまはゆっくり休むとしても将来的には元気な姿で復帰されて、過去を笑い飛ばして、何言ってるんだよ。 そんなわけじゃないじゃないかと、復帰してほしい。 そういう思いです。 こんな形で辞めてほしくない。 あの方はスターじゃないですか。 スターは輝き続けていなきゃいけない」とメッセージを送った。

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2007年4月19日

ザ グレート サスケ

ザ・グレート・サスケは、プロレスデビューして間もなくメキシコに渡って修業していましたが、その時に出会ったのが現在の嫁でした。 金髪のメキシコ美人を伴っての凱旋帰国とは、なかなかヤリ手なザ・グレート・サスケ。 しかも、夫婦の間には息子1人と娘が2人、計3人の子供がおり、そのうち息子アンドレは、2004年にパリコレデビューまで果たした超絶イケメンモデルらしいのです。 息子のアンドレは、2003年に知人の勧めでモデルとなり、父親の名を伏せたまま、ファッション誌を中心に活動していました。 イギリスの新進デザイナーに見初められてパリコレへ出演した時は、まだ15歳だったそうです。 日常生活でも、決して覆面を外すことがないというザ・グレート・サスケ。 マスクこそが素顔ということなので何とも言えませんが、こんなイケメンな息子がいたとは……と、思いきや、アンドレは、ザ・グレート・サスケの実子ではなく、嫁の連れ子とのことでした。 ザ・グレート・サスケのプロレスデビューは素顔&本名だった!いつから覆面レスラーに? ザ・グレート・サスケは覆面レスラーですから、素顔は明かさないことになっています。 2003年に岩手県議会議員となった時でさえ、覆面を着用して議会に出席するという徹底ぶりには驚かされたものです。 しかし、そんなザ・グレート・サスケにも、覆面をしていない時代がありました。 ザ・グレート・サスケは、1990年に、ユニバーサル・プロレスリングから、本名・村川政徳の名義でデビューを果たしています。 覆面レスラーとなったのは、例のメキシコ修業中でした。 リング上だけではなく、移動の際や、自宅の風呂に入る時でさえ覆面を付けたままという設定になっています。 ザ・グレート・サスケの現在の活動!「ムーの太陽」とは? ザ・グレート・サスケは東北ご当地レスラーから全国区へ!現在は地球の救世主に!? ザ・グレート・サスケは、メキシコから帰国した直後に「みちのくプロレス」を設立。 岩手県盛岡市出身であることから、東北六県をプロレスで盛り上げるために、地域密着型の活動を行ってきました。 その後、大仁田厚との電流爆破デスマッチなどを経て、全国に名前が知れ渡るようになったザ・グレート・サスケ。 覆面議員として注目されたり、岩手県知事選挙に落選した後は、電車で許可なく写真撮影をした一般人に暴行を加えて逮捕されてしまったり、プロレス以外でもたびたび話題に上ることがありました。 最近では、こうしたワイドショーネタが薄くなっていたため、プロレスファンには、やや忘れられた存在となっていましたが、47歳となった2016年現在も、ザ・グレート・サスケは現役レスラーとして活躍しています。 しかし、その活動内容は、かなりトリッキー。 何でも、地球を危機から守った救世主として布教活動を行い、多くの信者を集めているといいます。 ザ・グレート・サスケ「ムーの太陽」の教祖様に!布教活動の実態とは? ザ・グレート・サスケが、救世主(メシア)を名乗り、「ムーの太陽」を結成したのは2014年1月のこと。 ザ・グレート・サスケには、かねてからUFO研究家という裏の顔があっただけに、怪しい新興宗教の匂いがプンプンしてまいります。 しかしながら、この「ムーの太陽」。 実は、「みちのくプロレス」が、2007年から年末恒例大会として展開してきた、宇宙人と戦う設定の「宇宙大戦争」から生まれたプロレスユニットだったようです。 同大会では、ザ・グレート・サスケと、プロレスのタッグチーム・バラモン兄弟の死闘が、1つの恒例行事になっていました。 バラモン兄弟は対立する存在でしたが、2013年末の大会で、ザ・グレート・サスケは、彼らが宇宙人から地球を守るために戦っていたことを知ることに。 彼らと手を組んで邪悪な宇宙人を打倒しようと結成されたのが、ユニット「ムーの太陽」です。 もしかすると、こうして人間が地球で暮らすことができているのも、布教と称する彼らの活動のおかげかも……。 これはもう、信者にならざるを得ません。 ザ・グレート・サスケが成宮寛貴の秘密を暴露!?久々にワイドショーで話題の人物に! ザ・グレート・サスケの名前が、2016年12月に起きた成宮寛貴の電撃引退騒動に乗じ、再びワイドショーを賑わせています。 ザ・グレート・サスケが一躍話題の人物となったのは、「息子が成宮寛貴に肉体関係を迫られた」という衝撃のブログ内容でした。 ザ・グレート・サスケの息子アンドレは、パリコレから帰国後に塞ぎ込むようになり、医師からPTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断を受けてモデルを辞めています。 息子は、その時の医師のカウンセリングで、成宮寛貴とのやりとりについて打ち明けたそうですが、当時、成宮寛貴の所属事務所は「冗談のつもりだった」と説明したとか。 ザ・グレート・サスケも、息子の証言に半信半疑でいただけに、性的マイノリティを匂わすような成宮寛貴の引退発表コメントに、「そんな幕の引き方は許さない!」とご立腹。 一般人となり、姿をくらませてしまった成宮寛貴の続報が稀少となる中、ザ・グレート・サスケが投下した爆弾は、まだ鎮火しそうにありません。 しばらくは、宇宙人との決戦よりも、こちらの騒動で注目を集めそうです。

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折原昌夫

ザ グレート サスケ

経歴 [ ] に憧れてプロレスラーになることを志す。 4月、卒業後、東京三洋電機に入社して設計部に配属されて実業団レスリング部に所属。 、に入門。 の付き人を務める。 天龍からトンパチの異名を付けられる。 、全日本プロレス大会の対戦でデビュー。 7月、に移籍。 1月、遠征に行く。 、SWSが解散。 、に入団。 5月から6月、で開催された「」に出場。 12月、試合で精彩を欠いたことを理由にWAR代表の武井正智から引退が発表されてWARを退団。 、に覆面レスラー「月光」として入団。 同年、田村忍が扮する覆面レスラー「月影」とタッグチーム「ヤング・デストロイヤーズ」を結成。 7月、マスクを脱いで素顔になる。 11月、に移籍。 12月、FFFの旗揚げ前に解散。 1月、プロレス団体「MOBIUS」を設立。 同年、MOBIUSの旗揚げ戦を開催。 同年、とタッグチーム「トンパチ・マシンガンズ」の結成。 、に参戦して覆面レスラー「サスケ・ザ・グレート」として小野が扮する覆面レスラー「マスクド・タイガー」とタッグを組んでとを敵対していた。 5月から6月、新日本プロレスで開催された「」に出場。 7月、みちのくプロレスのシリーズ参戦中に突然、耳鳴り、呼吸困難、全身硬直等の症状に襲われて職場放棄同然で失踪。 後日、週刊誌に精神科でドメスティックバイオレンス症候群と診断されたことを告白。 本当は格闘技が嫌いで小動物が好きな優しい性格なのに求められていた悪役像を維持するため、全身にピアスの穴をあけて全身に刺青をいれるなどの反動が出たという。 その後、小学生にレスリングを教えるなどのリハビリを行っていた。 1月、イーグルプロレスで復帰戦が行われた。 、大会で首を負傷して後縦靱帯骨化症と診断された。 手術を希望したものの「手術に失敗すれば、プロレスラーどころか一般社会人として生活していくことも困難になる」として一時は病院をたらい回しにされる事態になった。 3月、が手術に応じて骨化部分の除去手術を受けた。 、後楽園ホール大会で復帰戦が行われた。 、の天龍が腰部脊柱管狭窄症の手術とリハビリのため、長期欠場に入ったことにより、天龍が復帰するまでの期間限定で天龍プロジェクトに入団。 10月、天龍プロジェクトを退団。 得意技 [ ] オリドライバー と同型。 スパイダーネット トンパチロック コンソリクトコンソリクター コンソリクトコンソリクターII 入場曲 [ ]• 中継レポーター魂() - 2004年7月の失踪事件をモチーフにした曲 タイトル歴 [ ]• ジュニアフラッグ王座• GWC認定タッグ王座• GWC認定6人タッグ王座• APEX OF TRIANGLE王座• (新人賞) エピソード [ ]• 爬虫類が好きで爬虫類専門店を経営していた事がある。 脚注 [ ] [].

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